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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
八章
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八 其の拾肆

 十年ほど前、水野という若い男が清水道場へ来て、少年たちの指導にあたるようになった。水野は隙のない、美しい動きをする剣士であった。彼が来た途端、それまで少年たちを教えていた門下生は、粗雑な技術しか持っていないということがわかってしまった。それ以来、桜木は水野を慕い、彼の動きをそっくりそのまま模写するようして、稽古に励んできた。


 そういえば、不知火の動きもどこか水野と共通するものがある。赤城は、これまで何度か他流の試合を目にしたことがあり、錦邸でも様々な男たちの剣技を観察してきた。その経験で言えば、流派ごとに動作はてんでばらばらで、技術が高いからといって似てくるようなものではない。もしかしたら、不知火の技は自分たちと同じ流れを汲んでいるのかもしれない。


――だとすれば、おれたちはとんだ紛いものだ。


 赤城は自嘲したが、いやな気持ちではなかった。本物を知らなければ、真贋を見定めることはできない。こんな時代に、本物の剣士を目にすること自体が、類稀な幸運なのかもしれない。


 むしろ赤城は、桜木が「本物の剣士」に成長しようとしている現実に、大きな期待を抱き始めていた。この屋敷に来たことではなく、不知火と出逢ったことで、桜木は変わった。ある面では、赤城は彼の変化がそら恐ろしい。なにか、言いようのない不安を感じることもある。だが剣士としての桜木は、土に植えられた若い苗木のように、確実に育っている。自分が灌木だとすれば、彼はきっと見上げるような大樹になるだろう、と赤城は思った。


 諦めという訳ではないが、彼は桜木が自分の限界を超えて、遥か先にある境地へ到達する筈だと思っている。それは、優秀な弟を持った兄のような気持ちであった。実際には、赤城は末っ子で七人の兄がある。彼には幼馴染の桜木が、血を分けた実弟のように感じられるのであった。


 小気味のよい、乾いた音が響いた。桜木は不知火と三度打ち合ってから、膝を折った。そして、目隠しをしたまま腹をおさえて立ち上がった。

 引き下がって腰をおろした桜木を見て、梅田が手拭を顔に巻き、


「よし、おれもやってみよう」


と言って立ち上がった。梅田は撓を構えると、あさっての方向へ勢いよく歩き出し、どすんと壁にぶつかった。周囲の男たちから失笑が漏れた。

 素振りをしていた栗田が手を止め、


「いましがた梅田殿を笑うた者、目隠しをされい。栗田がお相手仕る」


と声を張り上げた。男たちは、一斉に背中を向けて知らぬふりをした。梅田は目隠しを取ると、


「こりゃあ、難しいな」


と、まじめくさって頭を掻いた。


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