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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
二章
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二 其の弐

 男が剣を抜き放ち、鈍く光る巨大な刃を見せながら言った。


「この剣はな、南蛮舶来のもんで、この国のどこを探しても二つと無い特別な代物だ。おっそろしく硬ぇのよ。それをまあ、よくもこんだけ削れたもんだな。そのほそっこい腕でよ」


 見ればどこか青みがかって、おかしな色をした鋼である。剣の形もまっすぐで、不恰好だ。斬馬刀よりなお大きく、異様に幅が広い。こんな両刃の大剣は見たことがない。おそらく彼の言うとおり、異国で造られた武具なのだろう。しかし切っ先に鋭さがない。これでは、「斬る」というより「壊す」ためにあるようなものだ。


 男が一歩踏み出した。まるで山が動いたような気がした。瞬時に彼は一歩いていた。何を考えずとも、反射で右手は脇差の柄にかけられている。ふっと男の口元に笑みが洩れた。


「こわがりなさんな。おれにゃお前さんを斬る気はねぇよ。そう簡単に斬られるようなタマでも無さそうだし」


──こわがるな、だと?


 彼は両足を強く踏みしめ、身体から力が抜けてしまいそうになるのを堪えた。


──なんということだ。わたしは、この男を恐れている。


 そのとき、頭の中で別の声がした。


(成程、これが畏怖というものか)


 一瞬にして彼は平常心を取り戻し、落ちた刀を拾い上げた。刀身は曲がり、足をかけて戻しても、もはや鞘には収まらない。彼は曲がった刀を投げ捨てて、その男に話し掛けた。


「今のわたしの力ではおぬしを斬れまい。ぬしは、何者か。言葉は話せるようだが南蛮人か?」


 男はそれには答えず、目をまるくして彼を見た。


「なんだ。おまえ、女だったのか」

「質問に答えろ」


 侮辱されたように感じ、彼は顔を少し歪めた。


「おれは、そうだな……何者かと訊かれると困るんだが、錦という名を持っている」

「ニシキ?」

「そうだ。おまえは?」

「知らぬ」

「しらぬ?」

「ああ」

「そうか、シラヌか」


 彼はそのまま立ち去ろうとした。が、強靭な五指で右肩を押さえつけられた。振り払おうとしたが、錦の力が強すぎて振り払えない。


「まあ待て、『シラヌ』。話をきいていけ。おまえに損は無い話だ」


 錦と名乗った男は肩を竦め、少年のような表情で笑ってみせた。


「悪いが、ぬしの仕事とやらに興味はない。わたしに構うな」


 彼は脇差の鯉口を切った。肩を掴んでいる錦の左手を斬る心算だったが、それを察した錦はすぐに手を離し、引っ込めた。


「そう言うなよ、シラヌ」

「シラヌという名ではない。知らぬ、と言ったのだ」

「わかってるよ」


 錦はまた笑った。侮辱されたと思った彼は、かっとなって脇差を抜こうと身構えた──が、思いとどまった。いま斬りかかっても結果は同じことだ。怒りに身をまかせるなど、愚の骨頂である。この男も、それを狙っているに違いない。


「首斬鬼。おれについて来い。いい話だぞ」


 この男、余裕綽々である。腹立たしいが、自分の腕が至らないのは事実だ。出直すしかない。


 彼はゆっくりと深呼吸し、抜きかけた脇差を鞘におさめた。それを見て、錦は彼のほうへ一歩近づいた。だが彼は、その分大きく退いた。錦は鼻を鳴らした。


「どうしても嫌なら、今すぐじゃなくてもいい。おれの住む屋敷の場所を教えよう」

「要らぬ」

「強情な奴だな」


 錦と名乗る男が剣をおさめるのを見て、彼はすばやく身を翻し、足早に歩き去った。もと来たほうへ帰る道である。錦は、少し離れて後からついてきた。尾ける心算なのだろう。


──そうはさせぬ。


 この林の中で撒くのは難しい。しばらく泳がせておいて、市街に入ったところで身を隠そう、と彼は考えた。


 ふと、錦の気配が消えた。彼は思わず振り向いた。


 あとにはただ、冷たい風が吹いているばかりであった。


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