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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
七章
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七 其の玖

 錦が折れた刀を詳しく調べさせたところ、刃の部分がすり替えられていたことが判明した。はじめから折れやすく作られた、特殊なものであったことがわかったのである。不知火は、しばらく前にその刀を砥ぎに出していた。藤木はそのときに、刃のみをすり替えていたものと思われる。


 そして、藤木の使っていた刀には、やはり赤城の睨んだとおり、毒が塗ってあった。臙脂和尚の話では、もし皮膚に小さな傷でも負えば、そこから全身に毒がまわって、数日中には死にいたるほどの猛毒であるという。


 だがそれほど綿密に計画された抹殺の手段も、不知火には通じなかった。彼女は、不利な刀を持たされたにも関わらず、わずかな傷ひとつ負うことなく勝利をおさめたのである。


「しかし、不思議だな」


 梅田が、まるい目をさらにまんまるにして、首を捻りながら言った。


「不知火殿は、刀が折れたのにどうして藤木の首を切ることができ、かすり傷ひとつ負わなかったのだろうか」

「わからんな」


 普段は思慮深い赤城だが、この質問についてはまったくお手上げであるらしく、力なく答えた。


「おれも考えたが、想像もつかぬ」


 柱に凭れて、赤城はつぶやいた。梅田は濃い髭の剃り跡をじゃりじゃりと撫でながら、不思議そうに首を傾げる。


「やはり人間ではないのかなあ」

「そんなことはないだろう」

「鎌鼬、というやつではないか」


 黒須が、鉤の形をした奇妙な刃物を研ぎながら、口を挟んだ。


「かまいたち? そりゃ妖怪じゃないか」


 梅田が不思議そうに問い、黒須は熱心に研磨を続けながら答える。


「いや、そうではないのだ。我ら忍の中には、鎌鼬という技を使う者がいる、と聞いたことがある。それは凄まじい技倆で、人の目にはとまらぬ。そして、十間先のものが切れるのだとか」

「忍? おまえ、忍者だったのか?」

「梅田……気づいてなかったのかよ」

「ぜんぜんわからなかった」


 梅田は口をぽかんとあけて、黒須の顔を見た。黒須がふざけてその口の中に、手裏剣を投げ入れるふりをし、梅田が慌てて後ろへ倒れたので、赤城と桜木は声をあげて笑った。


 再び四人部屋になった彼らは、少しばかり気持ちの余裕を取り戻したらしい。このところ、金崎がたびたび横槍を入れるのが邪魔で仕方なかったのだ。金崎がいなくなって、元の空気に戻ったというところである。負傷した金崎は、自宅へ帰っている。彼に羞恥心があるなら、完治しても錦邸には戻らないだろう。


 ひとしきり笑ったあと、桜木はなぜか暗い顔をする。赤城はそれが気になって仕方がない。ここ数日の桜木は、ただ単に機嫌が悪いとか調子が悪いといった様子ではなく、何か大きな悩みに苦しんでいるのがわかる。ただ、赤城がそれに気づくと、桜木は気づかれたことを察知してしまう。彼はもともと、気を遣われるのが苦手な男なのである。だから、赤城は素知らぬふりをしていた。


(自力で悩み抜いた上で、それでも答えが出なくなったら、おれに相談するだろう)


 赤城はそのように考えていた。今までがそうだったからというのもあるが、なにせ二人は幼い頃からの盟友である。生まれ持った性質は、誰彼の影響を受けたからといって、そう簡単に覆るものではない。


 それよりも、今の赤城にとって目下の問題は、日を追うごとに開いてゆく、不知火との実力差であった。このところ彼女の技倆は、ますます鋭く磨き上げられているようだ。赤城には、不知火のいったい何が自分と違うのか、皆目見当もつかない。


(あれが、天賦の才というものだろうか)


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