六 其の伍
不知火は錦の後を追ってきた者を迎え討ったのみで、深入りせずに退却した。その日、彼女は計二十一人の首を斬り落としたが、黒須には何もさせなかった。事実をもって「足手まといだ」と教えるような不知火の行動は、黒須の自尊心をいたく傷つけるものであったが、「首斬鬼」の本領を目にしたことは、むしろ剣士としては思わぬ僥倖であったかもしれない。
後日、部屋で黒須がそのときの感想を洩らしたとき、居合わせたのは、赤城、桜木、梅田、金崎という顔ぶれであった。
「恐ろしいものを見た」
彼らは、普段口の重い黒須がめずらしく自分から語るので、いつものように茶化さず、黒須の吐露に耳を傾けていた。
「朝稽古は、あの方にとって遊びのようなものだ。我等の剣術など稚戯に等しい」
彼の声は真剣そのものであった。だが金崎は、その述懐を鼻で笑った。
「我等の、とは何だ。お主だけの話であろう? 一緒にされては困る」
「立ちあったこともない癖に、何を言う。黒須殿とて並々ならぬ遣い手ぞ」
梅田が激昂した。
金崎はひと月ほど前に屋敷入りした男で、年はおそらく三十前後である。赤城と同じくらいに上背があり、体格もよい。その腕のほどは不明だが、挙措に乱れはない。
「立ち合うまでもない。あんな女のような奴を盾にして何もせぬとは、黒須殿もとんだ腰抜けよのう」
「なにを」
黒須は挑発に動じることなく聞き流していたが、かわりに梅田が激怒して立ち上がった。
梅田は桜木より二つ歳上で、背はそれほど高くないが、丸太のように太い手足を持ち、がっしりとした体型である。重心が安定しており、芯の通った素早い動きをする。剣より薙刀と棒術を得意とするが、彼が稽古するさまは電々太鼓を連想させるため、陰で「梅太鼓」と揶揄されている。目が丸く眉毛が濃いので、「梅達磨」と言われることもある。が、それらの渾名を本人は知らない。性格は直情的で、裏表のない男である。まだ子供っぽいところもあり、かっとなりやすいのが玉に瑕といったところだ。だが、そのまっすぐな性格が赤城らに好まれているのも事実である。
「貴様、新顔のくせに。不知火殿のみならず、黒須殿まで愚弄するか」
「新旧が関係あるのか? ならばおれのほうが年上だ」
梅田が刀の柄に手をやった瞬間、赤城が、
「やめろ」
と言い放った。その声には、有無を言わさぬ気迫がある。二人は赤城に諭され、おとなしく腰を下ろした。
「梅田、肩の傷が開くぞ。あまり興奮するな」
「……」
赤城が親身に窘めたものの、梅田は不服そうに横を向いた。新参者に舐められては面目が立たぬ、という表情をしている。
「立ち合ってみればよいのだ、不知火殿と」
疲れた声で、桜木が金崎に言った。この頃、桜木は少し窶れている。赤城に「恋の病だ」とからかわれても、冗談に乗る元気もないらしい。
「煽るな、桜木」
赤城は、半ば呆れて乱暴に叱った。
「金崎殿はまだ朝稽古に出たこともない。話に聞いただけでは誰にも信じられんよ」
「実際に見るまではな」
黒須が付け加えた。桜木は頬杖をついたまま、彼には不似合いなほど暗く、悪意を含んだ笑い方をした。
「ならば、明日にでも稽古をつけてもらえばよい。不知火殿には、おれから頼んでおく」




