五 其の拾弐
白石彦次郎の家は、四条の通りを少し外れたところにある。もともと、由緒ある立派な家柄の出なのだ。柿村が訪れたとき、その細君は掃除に勤しんでいるところだった。
「すみません」
私服姿の柿村が声をかけると、警戒もせず「はい」と明るい声で答え、いそいそと表へ出てきた。柿村の顔には見覚えがないので、きょとんとしている。
「あら、どなた」
「柿村と申します」
「主人に御用ですか? あいにく……」
「存じております」
白石の妻は、すぐに察して表情を変えた。やや険しく眉間にを寄せ、
「お待ちくださいまし、今、部屋の片付けをしておりますので」
と言うと、家の中に向かって「きく! きく!」と娘の名を呼ばわった。
「なあに、お母さん」
年の頃は十五くらいの色白な娘が、雑巾を持ったまま玄関に顔を出した。柿村を見ると、不思議そうに頭を下げて挨拶した。柿村も目礼でそれに応じた。おそらく長女であろう、顔立ちがどことなく白石に似ている。白石の妻は玄関の履物を仕舞いながら娘に言った。
「さきちゃんと、はなちゃんを連れて奥の間へ行って頂戴。お掃除はあとでいいわ」
「はい」
きくは母の言葉に従い、奥へ引っ込んだ。「さき」「はな」というのが次女と三女の名であるらしい。かわいらしい名前だ。名付けたのが父親だとすれば、娘への愛情が感じられる。幸せな家族の様子が脳裏に浮かび、心中密かに羨望をおぼえた。妻もまだ三十路であろう、なかなかの美人である。だが、いくら寡夫でも柿村に卑しい感情は湧かない。今は、それどころではないのだ。
身分を明かしたあと客間に通された柿村は、白石の妻、千春と向かい合って茶をいただいた。
「結構なお点前で」
「粗茶でございます」
千春は緊張で蒼ざめてはいるものの、所作はしっかりしていた。見た目はたおやかだが、芯の強い、気丈な女性のようである。
「早速ですが、白石殿を探しています」
「……」
「ご主人の行方についてお心当たりは」
「ございません」
かたい表情で即答した千春に、柿村は、
――予想どおりの反応だな。
と納得した。この様子なら、特に口止めをされている訳ではないだろう。おそらく、知らされていない。
「最後にご主人と話をされたときのことを、おききしても?」
「はい」
千春は視線を落とし、表情を曇らせた。




