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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
五章
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五 其の拾

 その日藤木はいったん錦邸を出て、弟の亡骸を埋葬すべく寺へ向かった。泣き腫らした彼の表情は痛ましかったが、同情する者は誰一人いなかった。むしろ、ほとんどの者は彼が錦邸へは戻らないことを予想し、あるいはそう願っていた。だが、七日の後に藤木は再び屋敷へ姿をあらわし、そのまま客人として居座ったのである。


 *


 白石彦次郎の行方を探すにあたって、柿村稲助がまず訪れたのは、土生家の縁者たちであった。もし白石が「首斬鬼」の秘密を探る目的で動いていたとしたら、真っ先に土生家との関連を調べるはずである。白石の足跡を辿るには、彼が身を隠した理由と目的を、消去法で探るのが手っ取り早い――と、柿村は考えていた。


 土生の家柄は古い公家の出で、何世代か前に公家から武家へ成り下がった身分であるらしい。戦乱の頃に、一族が危難を避けて山中へ移り住み、土生村を開いたとか。このことは、白石の遺した手帳に記されていた。ただ、判る範囲で土生家の親戚はたったの二軒。極端にすくない。あるいは、近しい縁者がすべて土生村にかたまっていたのかもしれない。だとすれば、首斬りの事件でほぼ全滅だろう。


 その少ない親戚を実際に訪ねてみると、家どうしの交流は皆無に等しいことがわかった。結局、柿村にとって最も有益な情報は、かつて土生家の下女として勤めていたことがあるという、おふみという老女の証言であった。これは土生の縁者を訪ね歩くうちに、偶然聞くことができた話である。おふみは肉づきがよく、早口で喋るな女だった。


「あたしがまだ四十過ぎの頃でございますから、今から二十、ええと、幾つかはわかりませんけども、たぶん二十二、三年前になりますけどね」

「うん? そりゃあ、明貞殿が生まれて間もない頃かね」

「アキサダ。わかりませんねぇ、どなた様かしら」

「土生家のお世継ぎだよ。元服後の名だから幼名まではわからん」

「お世継ぎはいらっしゃらなかったですよ、たしか」

「いない?」

「ええ、本家には女の子ひとりしか生まれていなかったんです」

「そうか。まあいい、それでその二十年余昔に、何があったんだい」

「そうそう、そうでした。本当にねぇ……酷いものでしたよ、あれは」


 おふみが言うには、当時の土生家当主が盗賊団に斬殺され、数多くの家人が命を落とした悲惨な事件があったのだという。盗賊の正体は結局わからず終いだが、おそらく人数はかなり多かったのであろう、屋敷は滅茶苦茶に荒らされていた。


 先代当主であった土生元輔は、若かりし頃剣豪の誉れ高い武人で、かなりの遣い手だったという。かつて御前試合で名を上げ、みずから道場をひらくほどの腕前であった。が、そのときは、道場のおもだった弟子たちを連れ、伊勢に出掛けていた。賊は彼らの留守を狙ったのであろう。おふみも伊勢に同行していたため、その被害を免れたのである。


 金品をはじめ様々なものが盗まれた。女子供関係なく、大勢が殺された。母屋にいた者は、ほとんど皆殺しであった。生き残っていたのは、ただひとり三歳の幼女のみである。


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