一 其の肆
同心に雇われて三日目の夜。都の隅にある、うらさびしい木立の中で、坂本は「首斬鬼」と出逢った。
ひと目でそれと判った。笠を被っており顔はみえなかったが、全身から刺すように漂う殺気と、音立てぬ足取りをみて、鋭く感じ取ったのである。
坂本は、見届け人として依頼を受けた町娘を連れていた。首斬鬼が斬るのはなぜか男ばかりで、これまで女の首を斬ったことは一度もない。彼は相手を視認すると、提灯を提げた娘に、うしろで待つよう合図した。坂本には、そこにいるのが首斬鬼であるという確信があった。娘は足元に提灯を置いて、数歩退いた。
坂本は刀の柄に手をかけ、顎を引いてその人物を見据えた。彼は立ち止まり、坂本のほうに向き直った。
十三夜の月が出ていた。
涼しくなり始めた晩夏の夜風が、ふたりの間を吹き抜けた。
町娘は樹のうしろに身を隠したまま、蒼白い月光が、ひらりと一閃するのを見た。
落ち葉と草の間をころがって来た生首が、自分の一歩手前で止まったのを見て、娘はあらん限りの悲鳴をあげた。それを聴きつけ、待ち構えていた同心・与力たちが、すぐさまとんできた。彼らが目撃したのは、放心して樹によりかかっている娘と、まだ灯りがついたままの提灯、そして――首のない、坂本矢八郎の軀であった。
役人たちは周囲を捜索したが、首斬鬼は既に姿を消したあとで、猫の子一匹みつからなかった。娘はその後数日間、ただ震えるばかりで口をきくこともできなかった。
坂本矢八郎の首は、彼の住む屋敷の前で発見された。井戸の縁に置かれたその首は、両眼を閉じ、きっちりと歯を食いしばっていた。
坂本の死は、ただちに都じゅうの噂になった。「首斬鬼」を追う同心は減り、夜に外出する者は極端に少なくなった。とある寺院の護符は、いっとき恐慌の勢いで求められたが、その札を身につけた死体が発見されるや否や、次々と道端に捨てられる始末であった。首斬鬼の噂は、都の関所を通る者が持ち帰り、飛び火の如く各地へ広まっていった。




