一 其の参
都で名の売れている、腕に覚えありとされた剣客がいた。その名を坂本矢八郎という。
はじめのうち、同心たちは坂本を疑って、夜な夜な後を尾けたりしていた。そのうち、彼が外出しなかった夜に三箇所で生首がみつかり、辻斬りの犯人でないことが判明した。
同心のひとりが、坂本に金子を包んで依頼をもちかけた。
「首斬鬼の正体を知りたい。夜、女を連れて、ひと気の無い、大きな樹のある道を通ってもらいたいのだ」
坂本は、初めのうち承知しなかった。
「なぜ俺がそんなつまらぬことをせねばならんのか。手前どもがやれば良い」
金では動かぬと知って、同心は彼の自尊心に訴えることにした。
「怖気づいたか? 首斬鬼などと言って、世間では魔物や妖怪のように噂しているが、あれは、決してあやかしなどではない。人でないなら人の首など斬りはせぬ。だが、余程腕の立つ者でなければ、斯様に見事で、あざやかな事は出来まい」
同心の言葉に、坂本は黙って耳を傾けていた。
「彼奴が斬った数は、判っているだけで既に三十四名、男ばかりだ。ただし、その中にはおぬしのように剣の腕を持つ相手は居なかった。いいものをみせてやろう」
同心は懐から、懐紙につつんだ白いものを取り出して見せた。
「なんだと思う」
何気なく掌にそれを受け取って眺めながら、坂本はふと表情を変えた。
「骨か」
「そうだ。これは都で最初にみつかった生首、五体のうちのひとつから、おれが取り出したものだ。どうだ、見事な切り口であろう? 頑丈な男の首の骨をこのように断つことが、おぬしにできるか」
同心はにやりと笑い、自分の襟首を手刀で叩いてみせた。坂本はそれには答えず、だが彼の眼は真摯に、手の上のちいさな頸骨の破片にある、その切断面をなぞっていた。親指を角にあてがうと、ぷつりと切れて血の玉が膨らんだ。




