一 其の弐
都に不穏な噂が立った。
「大木の下では、夜半になると鬼が出る」
というものである。その鬼を見たという遊女がいた。
「すれ違ったと思ったら、ひとりめの首が飛んでいた。ある者はそのまま二、三歩進んでから膝をついた。ある者は小一時間ほどそのまま立っていた。落ちた首は、どれも呆然とした表情を浮かべていた」
と、遊女は証言した。「鬼」の姿については、このように語った。
「背はそれほど高くない、浪人ふうであった。笠の下から、ちらりと顔がみえたが、まっしろで能面のようだった」
と。
ほどなく、噂には尾鰭がついて広まった。
「小面をつけた首斬鬼が、黄昏時に大樹の下を通る者を襲い、男ならば誰彼かまわず首を斬る」
はじめのうち噂を信じなかった者たちも、あちらで誰それの生首がみつかった、今度は誰々が首を斬られたといった話を耳にするうち、悠長にしてはいられなくなった。やがて、夕方になったら外出しないという者や、女の格好をして外出するという者、どこそこの寺院のお札が効く、般若心経を唱えるとよい、といった様々な意見が、都じゅうに飛び交うようになった。
豪胆を自負する男たちは、構うことなく、鬼に出遭うのを望むようなことまで言って、外へ出た。翌朝、そういった男たち十三名の生首が橋のたもとでみつかり、大騒ぎになった。
いよいよ同心がこの下手人を捜すべく動き出したが、「首斬鬼」の所在は杳として知れず、彼ら同心たちの間にさえ「これは人の為せる業ではない。物怪の仕業に違いない」と言う者が出始める始末であった。
役人にも都の住民にも、まだ土生村の潰滅について知る者はいなかった。その為、宿を点々と変えて暮らす、ひとりの痩せた浪人について、嫌疑をかける者は皆無であった。昼間のあいだ、彼は一人でのんびりと酒を呑み、飯を喰い、物売り以外の誰に声をかけられることもなく、虚ろな眼をして大通りを彷徨っていた。
一見ただの退屈そうな放蕩者に見えるが、実のところ、彼は遊んでいる訳ではない。あちらこちらで話をする人々の口から噂を聞き取るために、それを装っているのである。彼は人々の様子を観察しながら、いつもこんなことを考えている。
――どうやって、この男たちの首をすべて刎ねようか。
もしもその考えが声になって洩れたとすれば、彼の周囲にいる人々は、逃げ惑うか袋叩きにしようとするか、どちらかになるであろう。そのぐらいのことは、彼自身よくわかっている。しかし自分の考えの異常さだけは、彼には自覚できなかった。もう、ずっと長い間、その思いは彼の中に染み付いてしまっていた。




