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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
三章
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三 其の弐

 錦という男が何者であるか、何処から財源を得ているのか、何を目的として、男どもにどんな仕事をさせているのか、など――当初の関心事は、もはやどうでもよくなっていた。今の不知火には、「どうしたら錦を斬れるようになるか」ということが、おもな関心の的である。


 他にも二、三の気になることはある。たとえば、隻眼の栗田である。本気で立ち合えば斬れぬ相手ではないと思うが、あまり積極的に斬ろうとも思わない。錦とは似ても似つかぬ風貌で、性格も対照的と思しいのに、どこか錦と相通ずるものがある。もしも自分の父が生きていたら、あんなふうであったろうかと思う。それは、「もし男に生まれていたら、あのようになりたい」という、いわば憧憬であるかもしれない。


 栗田以外にも、不知火の注意をひく存在がある。最近、桜木と赤城の二人には、意識して近づかぬように避けている。彼らは不知火を恐れず、馴れ馴れしく近づいてくるからである。


 他の者たちは、ほとんどが不知火に対して畏怖と警戒、それに興味を持っている。桜木は、ほかの男達が自分に対して持つ興味とは、少し違う目で自分を見ている気がする。どちらかというと、尊敬や親愛といった感情に近いのではないだろうか。だが、そういう眼で見られると、不知火はなぜかおそろしくなる。自分に対して、あってはならないもののような気がするのだ。


 赤城は、若く純朴な桜木を、おもしろそうに観察している。不知火にもまた、そのような観察の眼を向ける。それも腹立たしい。早く斬ってしまいたくなる。が、この男はおそらく数太刀を躱すだろう。


 一対一ならば、確実に斬れる相手ではあるはずだが、いざというときは多人数を一度に相手せねばならないことになる。そのとき刀に刃毀れを起こすのは、あまり嬉しくない。こういう男は、斬るならできるだけ後回しにしたほうがよい。


 錦が自分に外での「仕事」を申し付けてきたのは、たった一度だった。その後はまだ誰の首も斬ってはいない。百三十一、と不知火は頭の中で数えた。これまでに獲った首級の数である。やがて、ここにいる全員の首を刎ねる時が、そのうちに来る。今は、粛々とその時を待ち、爪を研いでいるだけだ。土生の道場で剣の修行に明け暮れていた、あの頃のように。

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