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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
三章
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三 其の壱

   三


 首斬鬼の噂が鎮まってきた頃、雪が解け、都には早春の気配が漂い始めた。錦の屋敷には、ますます男が増えていた。彼が迎え入れる者は、いずれも癖のありそうな、比較的若い男たちである。


 不知火は、自分が屋敷の中で関心を集めていることを知っている。毎月朔の日に行われる大広間での食事でも、いつのまにか席は中ほどまで昇っていた。かつて上座にいた男達のうち何人かは、知らぬ間に姿を消している。彼らについての噂は聞かない。が、恐らく生きてはいないだろう。ここでは、「死んだ者は実力がなかった」と思われているようである。


 誰がどんな仕事を錦に依頼されているのかは、おおかた想像はつくものの、詳細まではわからない。ここでお互いに、仕事の内容を明かしたり、貰った報酬の金額をひけらかす者はいない。これも、屋敷において暗黙の了解とされているものであろう。


 仕事をさせるときは、常に錦自身が、依頼する相手の部屋を訪れることは判っている。内容は、いつも外へ連れ出してから本人に話すのであろう。屋敷の中で説明している様子はない。

 報酬を与えるときは、かならず仕事が終わった当日に、臙脂和尚が持っていく。


 錦と臙脂和尚以外に誰とも口をきかぬ不知火は、屋敷の中での知識や慣わしを、ひたすら耳に頼っておぼえた。もともと大人数の声や足音を聞き分けたり、気配を読むのは得手であったが、ここへ来て、それがさらに鋭くなったような気がする。自分自身の声を出さないことと、何か関係があるのかもしれない。


 屋敷の庭につがいの鶯が訪れ、ふくふくした体を梢の間にのぞかせながら、かわいらしい鳴声を響かせた。不知火は足を止め、しばしその声に聴き入った。



 冬が明けたのを見計らって、錦は屋敷の土蔵をひとつ壊し、新たに剣道場を建てることにした。これまでは、鍛錬を望む者たちには大広間を貸していたのである。


「畳が傷むのでな、ケバが出てかなわん」


と言いながら、錦は大判紙に書き物をしていた。このところ、不知火は屋敷内での護衛役を申し付けられ、行動をともにしている。これは、もともとは栗田の役目であったが、どういう訳かそれが不知火に回ってきたのである。


 しかし、錦に限って護衛が必要とは思えない。ただ単に、傍に居て相手をして欲しいだけなのかもしれない。


「見ろ不知火、これがおれの計画だぞ」


 子供のように目を輝かせながら、錦は筆で乱暴に描いただけの図を見せた。絵図のようだが、ほぼ落書きに近い。文字も雑で、酷い筆遣いである。不知火は黙っていたが、得意満面で悦に入っている錦の表情をみて、つい可笑しくなった。


「ん、おまえ今わらったな」


 ほんの僅かに顔を歪ませてしまったのが、ばれたらしい。不知火は、そ知らぬ顔をしてかぶりを振った。


「いや、今たしかに笑っていたぞ。おまえでも笑うことはあるんだな」


 なぜか錦は嬉しそうである。唐突に、不知火は立ち上がった。


「おいこら何処へ行く。おれのそばにいろ」


 錦は座ったまま手招きをした。不知火はしゃがんで筆をとり、錦の描いた図の右下に「尿」と書き加えた。錦は、思いっきり顰め面をした。


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