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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
二章
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二 其の拾壱

 昼間の往来を歩くのは久々である。うす曇りの空の下、寒さに震える町人たちは、二人が通ると目を皿のようにした。みな一様に大男の錦を見上げ、笠を被った不知火には気づきもしない。


「何を斬るのだ?」

「男だ。それでおまえには十分だろう」

「女子供でなければよい」


 急に、錦は足を止めて振り向いた。不知火は彼の顔をみた。


「そうか、おまえは女子供は斬らんのか」

「斬らぬ」

「なぜだ?」

「なぜだか斬りたくならないのだ」


 錦は意外そうな顔をした。


「男に恨みでもあるのか」

「……」


 不知火は鯉口を切った。一瞬、錦は驚いて間合いを外そうとした。が、すぐに前方へ目をやった。不知火が自分を斬ろうとしたのではないと気づいたのである。


 大通りの前方から、侍が三人まっすぐ此方へ向かってくるのが見えた。その殺気が尋常ならざることから、いずれも剛の者であることがわかる。


「あれは織田派一刀流の内弟子だ。どうやら気づかれたな。おまえ、あいつら斬れるか」

「造作ない」


 前へ進み出ようとするのを、錦の大きな掌に阻まれた。


「場所が悪い。尾けさせる」


 そのまま、錦は踵を返した。敵と判っている相手に背を向けるのは不本意だが、まだ距離がある。人目の少ない場所をえらんだほうが、邪魔するものも少なくて済む。不知火は錦に従い、その後ろについていった。



 三十間ほど歩いたところで、河原が見えた。閑散とした、大堰川の下流である。冬は、釣り人も売買の舟人もいない。錦がはじめ何処へ向かっていたのかは知らないが、これは斬りあいにうってつけの場所であると思われた。


 三人の侍は、錦の思惑通りに誘い出された。そして錦は、川の土手に至る直前に、忽然と姿を消した。気配ごと、見事に消えてしまったのである。男たちは、錦を見失って慌てた様子だ。


――ひとりずつ。


 不知火は、いちばん後ろの男に目をつけた。えらが張って、四角い顔をした若い侍である。三人の男が河原に来るのを待って、笠を取って顔を見せた。


 男たちは、不知火にあまり気を配らない。彼らの眼は、油断なく動いて錦を探している。不知火を囮か何かだと思い込んでいるようだ。三人にぐるりと囲まれたとき、彼が小さく微笑んだのを、誰も気づいていない。


 があ、と一羽の鴉が翔きながら啼いた。

 その真下に、首が飛んだ。続いて、ちぃん、と刀を弾く音。一つ目の首は草むらに落ち、ごろごろと転がった。


 二人目の男は先頭を歩いていた侍で、くっきりと太い眉の、特徴的な顔だちをした、痩せぎみの男である。膂力は不知火にも劣るが、切っ先は素早く自在に動く。だが、そのすべてを躱され、僅かにたじろいだ。その一瞬の隙を突き、曇天にもうひとつ首が飛んだ。


 三人目の男は、刀を正眼に構えたまま呆然としていた。信じられないものを見た、という目である。返り血を浴びた不知火の、凄惨なほどの美貌に、ようやく彼が何者であるか気づいたようだ。


「貴様が」


 口をあけたままで、三つ目の首が飛んだ。鴉は、冬枯れの枝に舞い降りた。




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