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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
十一章
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十一 其の廿壱

 バチバチと音を立て、火の粉を吹いて燃え上がる「井のや」――火事を見守る人々の中へ、どやどやと火消しが駆け込んできた。火のある場所を取り囲み、「それ、それ」と掛け声も高らかに、店のまわりを打ち壊し始める。


「水野さん、ここだ。やっぱり罠だった」


 梅田が走りながら叫んだ。既に人垣ができている。後ろから走ってきた水野は、燃えているのがさっきまでいた店だとわかると、血相を変えて火の中へ飛び込もうとした。


「こら、こら! だめだ」


 半纏を着た火消しが水野を遮る。だが、一瞬で避けられた。なりふり構わず、水野は必死に前へ進んでいった。


「千夏っ、千夏ァッ」


 周囲の人々を突き飛ばして、水野は叫びながら焼ける建物に向かってゆく。それを見た梅田は「こりゃいかん」と一声つぶやくと、水野の前に躍り出た。そのまま彼の腹部に肩をぶつけ、正面から抱きかかえるようにして、渾身の力を籠めて押さえ込む。しかし、水野は止まらない。馬力自慢の梅田が、ずるずると押されていく。


(まるで暴れ牛だ)


 この男のどこにこれほどの力があるのか。梅田は脇に冷たい汗をかいた。火消したちがその様子に気づき、三人がかりで水野を背中から押し潰した。


「おのれ、どけ! どけぇッ」


 もがいて立ち上がろうとする水野を、梅田はどやしつけた。


「血迷うな! あんたが飛び込んだって、どうにもならん! おれを信じてくれ、あの人は絶対に無事だ、大丈夫だ!」


 水野の体から力が抜けた。ほっとして梅田は膝をついた。そこへ、町人が鋭く声をかけた。


「おい、あんた背中が燃えてるぞ」

「え?」


 いつの間にか、梅田の着物に火がついていた。近づきすぎたのである。


「あちゃちゃ!」


 梅田は悲鳴をあげながら土の上に転がって背中をこすりつけた。町人たちが上着を脱いで消すのを手伝ってくれたおかげで、彼はなんとか事なきを得た。

 一息ついた梅田が起き上がると、水野は炎をみつめて放心したまま、土の上に正座していた。奇妙だ。なぜ正座しているのだろう。梅田は声を掛けるのも忘れて、水野の端整な横顔に見入った。彼の瞳は、何かこの世ならぬものを凝視しているようだ。このとき梅田には、水野がどこか不知火と似たところのある、自分とはまったく違う種類の人間であるように思われた。


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