ニ 其の捌
不知火にとっては、自分が首斬鬼であることを錦に知られている以上、屋敷にいる他の人間にそれが知られても、気にすることは何もない。というのは、錦同様に「斬れない」と感じるような相手は、誰一人見つからないからである。もし誰かが同心に垂れこんだとして、そのときは役人ともども全員斬ればよいと思っている。単に、「声を出すな」と言われているから無視しただけなのだ。まあ、ここにいる男たちは誰もがに傷持つ身であろうが。
「それはほんとうか、不知火殿」
隣の席についた梅田という男が、大きな眼をぎょろつかせて嬉しそうに声をかけてきた。
「いかんぜ梅田殿、不知火殿は口がきけぬ」
「そうであった」
月代を茫々と伸ばした小男の黒須が、くっと笑いを漏らした。それを見咎めたのは桜木である。
「黒須殿、何か」
「いや」
「もしかしたら貴殿はご存知なのかな」
「何を?」
「不知火殿が……腕のほど」
全員の視線が、一気に不知火へと集中した。
注目を浴びた不知火は、箸を置いて桜木を見た。桜木も不知火を見た。みるみるうちに彼の顔色が変わり、額に汗の玉が浮くのが見てとれた。なるほど、と不知火は思った。錦と対峙したときのわたしの顔は、きっとあんな様子だったのだ、と。
「許されよ、不知火殿」
突如、栗田が口を開いた。
栗田は、年の頃は四十ほどであろうか、顔に大きな古傷を持つ、隻眼の男である。彼は酒を呑まない。たったいま食事を終え、茶を飲んでいたところだ。
「桜木殿に害意はない。錦様は、ここで我らが真剣を用い、腕試しの試合を行うことを禁じておられる。ただ、噂にきく『首斬鬼』の腕がほどのものかは、剣の道を修める者ならば、誰しも興味の湧くことであろう。横槍を入れて申し訳ないが、我らは皆一様に、錦様の好意に甘え、この屋敷でこうして寝飯をともにする仲間であると心得る。それぞれが、大なり小なり、錦様のお人柄に惹かれて集まった者だ。殺しあうにはしのびない」
男たちは、互いの顔をちらちらと見合わせた。各々、思うところがあるようだ。
「悪いな、栗田」
ようやく、錦が声を出した。
「おれはどうも嘘が吐けぬでな。隠し事をすると、こうやってすぐに知られてしまう。そこにおる不知火は、確かに首斬鬼と呼ばれた奴だ。おれが言うのだから間違いない」
「御館様のお墨付きなら、将軍様の御筆より確かでございますな」
上座方の誰かが冗談を言い、男たちは再びどよめいた。今度は、いくらか安堵の気を含んでいる。桜木は黙って俯き、掌で額の汗を拭き取った。




