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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
二章
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二 其の漆

 臙脂和尚も、この得体の知れない錦以上に飄々とした、不思議な人物である。目が見えないのは確かなのだが、それで困っている様子は少しもない。体は枯れ木のように痩せて、皮膚は古木を思わせるような瘤だらけだが、それで健康を損なっているかというと、そのような患いの気配は感じられない。


 錦は、この屋敷に剣客たちを集めて、いったい何をしようとしているのか。暫らく滞在するうちに、それが、だんだんと興味深くなってきた。


 もともと寡黙な不知火にとって、屋敷の中で声を出さずにいるのは、別段どうということもない。錦邸の中で、不知火は特に誰とも関わりのない、幽鬼の如き人物と思われるようになっていた。


 が、ある夜のこと、その見方は見事に覆った。


 事が起きたのは、朔日の夜である。月のはじめに、錦を中心として皆が夕餉をともにする「朔の会」が、その日も定例どおりに始まった。


 料理は誰もが同じだが、席は雇われた順に決まっており、不知火は最も下座でおとなしく肴をつついていた。笑い声や話し声でさんざめく中、突如、斜め向かいの席から桜木が大声で話し掛けてきた。


「のう、其処に居られる不知火殿は、巷を騒がせた『首斬鬼』であろう?」


 一瞬で、その場がしんと静まり返った。だが不知火は一瞥もくれず、黙々と箸を運び続けた。しばらく返事を待っていた桜木は、わざとらしい仕草で、ぽんと膝を打つ。


「これはしまった、不知火殿は口がきけぬ……ということは、耳も聴こえぬのであろう。誰ぞ聞いた者は? 首斬鬼の正体を」

「なぜそう思う、桜木」


 低い声で桜木に尋ねたのは、隣の赤城である。一度誰かが話していたのを小耳に挟んだのだが、桜木と赤城は、ほぼ同時期に屋敷に入ったと聞いた。気安い仲のようである。


「なぜって、なにが」

「不知火殿が首斬鬼であるという話だ。ただの憶測か? 何か証拠でもあるのか」

「証拠など無いさ。だが……最近、首斬鬼が出なくなったという話をきいた」

「噂で?」

「馴染の同心の奴だから、筋は確かな話だぜ」

「馴染の同心? おぬし、そんなに何度もとっつかまったのか」


 笑いが起こった。桜木も笑っている。だが、錦と不知火はにこりともしない。臙脂和尚は、柱の傍で眠っているかのように見える。


「御館様はご存知か?」


 だしぬけに、赤城が尋ねた。錦は、それには答えず鼻を鳴らしたのみである。すぐに桜木が言った。


「聞くな、とよ」


 その場に、おおっ、というどよめきが起こった。どうやら、錦は言いたくないことを認めるとき、鼻を鳴らすらしい。


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