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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
十一章
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十一 其の壱

   十一


 時はやや(さかのぼ)る。

 金崎甚五郎と名乗る浪人は、始終むっつりと口を噤んだまま、ただ黙々と歩いていた。柿村と水野は、危ぶみながらも大人しく後ろをついてゆく。

 やがて、彼らは古びた武家屋敷の門前に着いた。草木に隠れてわかりにくい場所である。こんな辺鄙なところに、これほど立派な屋敷があるなどと、このあたりの道を知らぬ者には想像もつかないだろう。

 屋敷の前で立ち止まった金崎は、唐突に口を開いて柿村に名を問うた。


「そちらのお役人は、なんと仰るのか」


 茜という女から、柿村が同心だということは知らされていたらしい。


「おれぁ、東奉行所の萩村って(もん)だ」


 なにげなく柿村が偽名を使ったことに、水野は驚いた。


「ふむ。では萩村殿、今この屋敷について、貴殿は何をご存知かな」

「いや、何も」


 金崎が眼を光らせた。


「屋敷の主の名も?」


 柿村は黙って水野の顔を見た。水野はやや困惑したが、隠しても意味はないと考えて、すぐさま正直に答えた。


「井原殿、と聞いたが」

「そうであろうな。だが、実は違うのだ」

「違う?」


 わざとらしく、柿村が首を傾げた。


「井原じゃなくて、別の誰かだってのか」

「そうだ。この屋敷をいま使っているのは、錦という男だ。下の名はわからぬ」

「その話、詳しく聞かせてくんねぇか」


 思わず、柿村は身を乗り出した。金崎はにやりと笑って、顎に手をやった。


「さて、ね……おれも、このごろ懐が侘びしくてねぇ」


 水野は眉を顰めて、あからさまに不快感を示した。この浪人、情報を漏らすかわりに二人から金をせびり取ろうというのだ。いやらしい男である。水野は柿村にそっと耳打ちした。


「やめておきましょう。わざわざ金を払っても、掴まされるのは虚言の類かもしれません」

「おれは、そうは思わんね」


 柿村は意外な反応を示した。


「今、この男は『錦』という名を出した。さっきの娘もそう言ったよな? おれ達があの茶屋で道を聞くのを読まれていたとは思えねぇ。この話、聞く価値はあると思うぜ」

「……そうですか」

「ただ、おれは今、ちょっと手持ちが少ねぇんだ」

「……」


 仕方なく、水野は財布から二朱銀を一枚取り出して、柿村に手渡した。それを、柿村は金崎の鼻先に持っていってから、掌に握り込んだ。水野は、何か起こればいつでもすぐに斬れるよう、さりげなく半身に構えている。

 柿村は親指の爪で鼻の頭を掻きながら、おもむろに話を進めようとした。


「えぇ、おまえさんは何か知っているようだがね、そいつぁおれにとって、本当に役に立つもんなのかどうか、ねぇ」

「たったの二朱じゃあ、何も知らないと言ったほうが良さそうだ」


 こうした駆け引きは、金崎もお手の物らしい。柿村はいやな顔をして、水野のところへ戻ってきた。


「いいや、興味が失せた。行こうぜ、蘇芳さん。家主に訊きゃあ済むことだ」


 踵を返して門へ向かった二人の背中に、金崎が声をかけてきた。


「坂本矢八郎を殺ったのが誰か、知りたくはないのか?」


 この勝負は柿村の勝ちだった。柿村は、金崎に見えないよう背中を向けてにやっと笑ったあと、急に真面目くさって振り向いた。


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