二 其の陸
母屋には幾つもの部屋があり、奥には大広間があった。毎月、朔の夜はこの大広間に全員を招集し、皆で会食するのだという。そして、彼は八畳ばかりの部屋をひとつ与えられた。
「この屋敷では皆、四人か五人の相部屋に入ってもらうのだが、それではおまえに都合が悪かろう」
「わたしに不都合はない。むしろ、おまえのほうに不都合なのではないか」
「なぜだ?」
「何かあれば斬って捨てる」
錦は可笑しくて堪らない、といった様子でまた笑った。その屈託の無い笑い方は、いちいち彼の癇に障る。
錦が障子を開くと、中にいた幾人かの男が頭を下げて挨拶した。彼らはいずれも顔なり躰のどこかに、大きな疵や斬られた痕を残している。炯々たる眼光からも、それぞれに尋常ではない生き方をしてきたことが窺える。
「こいつは『不知火』、今夜からの新顔だ。やさ男だが腕は立つ。ただし口はきけんからな」
「承知しました」
彼らの中で最も年長と思われる、隻眼の男が答えた。片目を眼帯で隠したその男と、視線がぶつかった。油断なく彼を観察している。できそうだ、と彼は思った。
廊下の角を曲がったところで、錦はふと思いついたように立ち止まり、そっと耳打ちした。
「此処には男ばかりしかいない。もし斬りたければ好きなだけ斬るがいい。まあ、飯どきだけは遠慮してもらいたいがな」
口を開こうとすると、そこに指を突きつけられた。
「ただし、声を出すな。出したらどうなっても知らんぞ」
それだけ言うと、錦はその場に彼を残して大股に歩き去った。
*
何日か屋敷に滞在するうち、暗黙の了解に近い数々のきまりごとが、少しずつわかってきた。
外出・帰宅は自由だが、屋敷の者以外を連れ帰ってはならない。また、屋敷の外で錦の名を出してはならない。金は臙脂和尚に言えば、必要な分だけ渡される。ただし、あまり無茶を言うと、軽くあしらわれてしまう。
「不知火」という名を、彼はすぐに受けれた。昔、土生家で呼ばれていた名前よりも、しっくりくるような感覚さえおぼえた。怪火の如くあやふやで、どこにも落ち着かず、この世とあの世の境をふらふらと彷徨っているような自分には、ぴったりの名であるように思えた。
屋敷には、二十人から三十人程度の剣客たちが、出入りしているようである。ずっと籠もっている者もいれば、ごくたまに顔を見せるだけの者もいる。彼らは当初、不知火にほとんど興味を持たなかった。ただ、数人の男には、しばしば「視られている」と感じた。
ひとりは、栗田という隻眼の男。もうひとり、桜木という名の若い男。それから、赤城という長身の男。たまに、黒須という小柄な男からも、こちらを窺っている気配を感じる。その他の男たちは、各々が何事かに気を取られているようだった。




