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終わった世界で百合を見る  作者: 鉄すらぐ
3/4

崩壊の真実

 男性が生きられなくなった世界、と彼女ははっきり告げた。

 今更だけれども、ルーラさんの話は最初から突拍子がなさすぎる。証拠や事実じゃなくて、結果だけをドカンと置き去りにして後は放置という、神様レベルの傍若無人…そのせいでこの世界は大混乱に陥ってしまったんだ。

 納得のいく説明が為されなければ、残された人々による暴動は避けられないと思う。

 私とほのちゃんは固唾を飲んでルーラさんの話に集中した。


『オカルトに興味がある者は噂くらい耳にしたことがあるだろう。近年報告されている男性の不審死や、性交渉の有無に関わらず女性が妊娠する、という事案を』


 オカルトとは無縁の日常を送っていた私にとっては初耳だ。そういったサイトや掲示板を覗いたりもしないし、興味がなかったから。


『実はこの二つの事案には奴ら…オカルトや魔術研究のために集まった者共が、よりにもよって技術力を得てしまった、我々の敵対組織「百合に男を挟ませる癖(リリィマンズリリィ)」が関わっているのだ』


 またでた百合に男を挟ませる癖。もう名前だけで話全体が胡散臭くなる。何にでもカレー粉かけたらカレー風味になるのと同じくらい臭うよ。


『奴らは己が性癖を満たすためなら恋人や我が子すらも犠牲にする、悪逆非道を絵に描いたような連中でな。この広い世界の中で、たった一ヶ所にしか存在しない土着菌を悪用して、恐るべき細菌兵器を造り出したのだ』


 いきなりオカルト色が濃くなってきた。

 こういう話っていまいち身が入らないというか、集中して聞けないんだよね。


『この細菌兵器は…私、細菌学者アハト=オット率いる国立世舞(せいまい)細菌研究所の研究チームによって起源を特定。二ヶ月前に発行された有名科学誌「EARTH Nationalism」に論文が掲載され、我々が「トート細菌」と命名した』


 え、ルーラさんもう正体バラすの!?

 こういうのって、物語の佳境に入ってから意味ありげに正体を明かすのがセオリーなんじゃ…


「国立世舞細菌研究所って、ひなちゃんのお母さんが勤めてるところだよね?」


「やめてほのちゃん。細菌ってワードが出てから嫌な予感がして、必死にフラグ立てないように素知らぬふりしてたんだから」


「そなの?なんかごめん」


 いや、ほのちゃんは事実を述べただけで何も悪くないよ。やっぱり現実からはそう簡単に逃げられはしないか。

 その通りだよ。私のお母さん床牧(まつり)は細菌研究所の研究員で、昨年の夏から今年に入った後も、ずっと忙しそうにしていたのを覚えてる。

 まさかこんな、世界の理すら変えてしまう重要案件に関わっていたなんて思いもよらなかった。

 しかもルーラさん、細菌学者アハト=オットさんってお母さんの友人だし、何度かうちに遊びに来てた人だし。

 確か飛び級で大学を出たドイツ人の天才科学者で、去年会った時には十七歳と言っていた。道理でルーラさんの声が幼く聞こえるわけだ…彼女は見た目が私と変わらないくらい幼かったもの。


「(ていうかあの朝のやりとり、知り合い(アハトさん)に見られてたと思うとショックが大きいわ…)」


 そんな私の心境も知らないまま、ルーラことアハトさんは、女性のみの新時代を迎える原因となった細菌兵器について語り始めた。


『トートというのはドイツ語で「死」を表す言葉で、感染するのは男性のみ…だが、奴らが手を加えたせいで結果的に女性も死に至ってしまうのだ。そしてこの細菌は既に全世界にばら蒔かれ、蔓延してしまっている』


「…それって、かなり不味いんじゃ…」


『だが安心して欲しい。この細菌兵器は女性に感染しても効果を発揮出来ず、じきに死滅してしまう。そもそも君たちの体は既に感染症や怪我に強い体になっているから、男性さえ居なければこの細菌兵器による感染率、死亡率ともにゼロパーセントだ』


「細菌兵器のトリガーは男性に感染することで引かれ、段階的に女性も死亡してしまうってことなのかな」


 おっとりマイペースだけど成績学年首位のほのちゃん、すかさず分析を挟んできた。


『このトート細菌は男性に感染すると精巣で爆発的に増殖し、精子を異常強化させ、やがて爆発するかのように破裂…衝撃で男性が死亡する。それだけではなく、体外に飛び出した無数の精子は空気中を長時間泳ぎ続け、初潮を迎えた女性の体内へ侵入し、必ず妊娠してしまうのだ』


 何故だろう。アハトさんは真面目に話してるのに、物凄く馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 ほぼ、ほのちゃんの分析通りではあったけれど、いきなりそんな、男の人のアレが爆発して死にますって言われても、現実味が無さすぎて…。


『挙げ句この異常強化された精子によって妊娠すると、必ず男性を身籠る。そして赤子は際限無く掛け算的に細胞分裂を繰り返し、ものの五日前後で精巣と同じように破裂…その威力は母体を千々に引き裂く程の威力を持ち、母子共に死に至らしめる』


 …俗っぽい言い方になるけれど、百合に男を挟ませる癖の人々は、そのトート細菌を使って「人間爆弾」を作ろうとしていたってこと?

 異常に強化された精…遺伝子で、女性同士のカップルを強制的に妊娠させるだけならまだしも、死に追いやるなんて…一体何が目的だったんだろう。

 延々語っていたアハトさんは、一度深いため息をついた。

 そして重い沈黙を挟んだあと、再び語り始める。


『…奴らは細菌を甘く見過ぎたんだ。入手した研究資料によると、当初は「精子を強化して強制排出させ、空気中を泳ぐ精子によって女性を妊娠させる」という目的を掲げて細菌研究に着手したようだが…所詮は素人の浅知恵。出来上がったのは、人間を爆弾と化す恐るべき細菌兵器だった』


 どっちにしろ女性からすれば、最悪な細菌でしかない気がしますけれども。

 聞けば聞くほどロクな組織じゃないね、百合に男を挟ませる癖。


『最初は性癖を満たす為だけに始めたはずだったが、強大な力を手にしたと勘違いした奴らは、この細菌兵器を用いて世界を牛耳ろうとしていた。トート細菌に対する特効薬も開発せずに、な』


 こういうのって、自分たちだけが治療法を確保した状態で細菌をばら蒔いて、治療する代わりに金銭を要求する、というのが定石なんじゃないのかな。

 致死率百パーセントの細菌をばら蒔くだけなんて、人としてどうかしてるとしか思えないよ。

 …いや、どうかしてるからこうなったんだよね。


『私たちは研究の過程で、奴らがトート細菌を用いた世界規模のパンデミックを計画していると掴み、即刻世界各国の行政機関に勧告した。しかし誰一人としてまともに取り合おうとはせず「絵空事」だの「現実に起こり得るわけがない」だの、鼻で嗤われておしまいだった』


 新型ウイルスの世界的大流行は、私たちの記憶にも新しいはずなのに、とアハトさんは溢すように付け加えた。

 言われてみればその通りだ。あれはまだ私が小学生だった頃…新種のウイルスが世界中に蔓延して、人々の生活は大きく変わった。

 今では治療法も確立され、定期的に予防接種を受けていれば感染リスクが低下するから、もはや驚異じゃなくて日常の一部と化してしまった。

 言い方を変えると、人々は驚異への対抗手段を手に入れたことで、依然として存在する驚異に慣れた気になっていたんだ。


『メディアにすら相手にされず、SNS上だけでなく街頭にも立ち、近々訪れる崩壊について説いたものの、道行く者には冷たい目で見られ、挙げ句「オカルト野郎」扱いだ。それは科学者にとってこの上ない侮蔑…だが、おかげでこうして奴らの計画を破綻させられたのだから、今となっては感謝しているよ』


 前に会った時、アハトさんは科学的根拠に基づく事象を何よりも尊ぶ現実主義者、という印象を抱いた。

 なのにこんな、原因も根拠も明らかになっていない未知の力を行使してしまうまでに堕ちるだなんて、よほどの絶望を抱いたに違いない。

 それでも彼女はただ滅び行く生物を見捨てず、かつて自分を蔑んだ人々すら救済する道を選択したんだ。


『成就寸前で私に成果を奪われたものの、奴らは眉唾のオカルト話を間違うこと無き現象として成立させていた。誤った方向にさえ向かっていなければ、奴らは今頃称賛の嵐を浴びていただろう』


 百合に男を挟ませる癖の人たちが造り出した、ヒトの欲望を成就させるやつ…だっけ。

 ゲームや小説だと、そういったアイテムは多大な犠牲を払わなきゃいけないパターンが多いよね。

 アハトさん、奴らは恋人や自分の子供すら犠牲にするって言ってたし…いや、考えないでおこう。


『まぁ我々が勝利したのも結果だけを見ると、なんだがな。窮地に追いやられ、計画の遂行が不可能と判断した奴らは、地下研究施設を閉鎖してトート細菌をばら蒔き感染、そして次々に精巣が破裂し死亡…我々を爆弾化させて相討ちに持ち込む算段だったようだが、敵地に乗り込むのに、科学者が何も対策を講じないわけがない』


 ちょっとアハトさんの声にドヤりが混じり始めた。


『トート細菌によって強化された精子をも無力化可能な、殺精子成分強化ジェルを少量だが開発し、塗布していたおかげで爆弾化は免れた。つまり奴らは志半ばで自爆死しただけなのだよ』


「とことん詰めが甘いね、百合に男を挟ませる癖の人たち」


「オカルトマニアの集団だって言ってたから、生き返る術くらいは仕込んでたんじゃないかな。それこそ、転生術とか」


『おお、キミは今朝の栗毛さん。いい推察をするじゃないか』


 そういえば常に覗き見られてるんだった。というかほのちゃんの見た目について全世界に広めないでよアハトさん。


『安心してひなみ。この会話は君たちにだけ届けているから、他のヒトには聴かれていないよ』


「あ、そうでしたか。というか本当にアハトさんだったんだ、今さらですがお久しぶりです」


 世界に向けられた声とは少し違った、柔らかい雰囲気の喋り方。私がよく知るアハトさんの声だ。


『うん、久しぶり。相変わらず素敵な髪だね』


「あはは…こんな奇抜な髪を褒めてくれるのは、お母さんとほのちゃんとアハトさんくらいですよ」


 やや紫紺がかった黒髪に、灰色メッシュが入ったツインテール。遠目から見るとまるで巨大な刺身包丁を二本ぶら下げてるみたいな物騒な柄…しかもこれが地毛という衝撃。

 髪を括らずに垂らしておいたらそこまで柄が目立ちはしないんだけれど、それでもツインテールにしているのには個人的な訳がありまして…。

 どういうわけか黒染めでも一切染まらず、頭頂にぴょこんと浮かんだ鎌みたいな形の癖毛は整髪料を弾いてしまう、難儀な髪なのです。


『しかしまさか同僚の娘さんの放尿プレイを見られるとは思わなかったよ』


「その話は蒸し返さなくていいです。」


 あの一件は私よりもほのちゃんの方がダメージ大きかったんだから。

 お父さんがトイレに長居したのが悪いって事にして、なんとかなだめたばかりなの。


『いやすまない、今朝は奴らとの戦いで心身共に疲弊していたから、そこへ落ちた朝露の如き百合プレイにテンションが上がりまくってしまってね』


「エナドリ感覚でキメないで下さいよ」


『お陰でこうして元気になったわけだから、君たちには感謝しているんだよ。さて、それではそろそろ全世界に向けての説明に戻ろうかな。ではひなみ、また後で』


 嫌なフラグ立てをして、アハトさんは先程までの外面モードに戻った。


『…とはいえ腐っても実力を持ったオカルト集団。構築中だった仮の世界に命を設け、折を見てこちらの世界に舞い戻る術を施行していたようだが…力を手に入れた瞬間、部屋を漂う精子ごと粉々に打ち砕いてやったわ』


 敗因は素人ゆえの詰めの甘さ…百合に男を挟ませる癖は、用意していた算段をことごとく逆手に取られ、利用され尽くし、科学者たちに敗北を喫した。

 彼らが世界にトート細菌をばら蒔いた、というアハトさんの話が正しければ、完全敗北とまではいかないかもしれないけれどね。


『ここまでの話を聞いた者の中には、男性を異世界に隔離するよりも、トート細菌を死滅させた方が手っ取り早いと考える者も居るだろう。しかし、顕微鏡で拡大しなければ見えない微生物を肉眼で選り分けて対処するなど、この力を以てしても不可能…仮に神が居たとして、同じ事を伝えても私と同じ顔をするだろうね』


 …つまりアハトさんは、世界中の男性を視認して異世界に転生させたの?まさかの手作業だったとはね。


『長々と語ってきたが、これが私の知る崩壊の真実だ。トート細菌の蔓延を疑う科学者は、是非付近の空気を採取して調べてみるといい…既にこの世界は男性が生きられない環境に変貌していると思い知るだろう』


 アハトさんの声、どことなく眠そう。苛烈な思想を阻止するために奔走してたそうだから、睡眠不足に陥っているのかな。

 いやでも神様みたいな力を手にしてるなら、食事や睡眠をとらなくても良いんじゃ…?その辺りの設定がわからないから、なんとも言えないなぁ。


『最後にひとつだけ伝えておこう…一時の感情に任せて、君たちの命を救うため奔走した研究チームのメンバーやその家族、母国などを批難しないようにして欲しい』


 時が経てばトート細菌の驚異がいかなるものか理解できるはずだ、とだけ残して、アハトさんは再び沈黙した。

 …今朝起こった男性の消失現象は、オカルト組織による細菌テロから人類を守るために取られた緊急救済措置だった…かぁ。

 あまりに現実味がない…けれどそれ以上に、私の知るアハトさんは突拍子もない嘘をつく人物じゃない。

 …正直、話の完成度はいつぞやの万博レベルで酷かったけれども。


「(さっき「また後で」って言ってたから、うちに帰ったら平然と居座ってるんだろうなぁ、あの人)」


 いいや、無事にうちに帰れたら…かな。

 お母さんの情報だったとはいえ、間接的に全世界に名字をばらされた私も、人々の抱く怒りの矛先を向けられる対象だと自覚している。

 今日の帰り道、知り合いに会ったら何かしら言われそうでだなぁ…場合によってはほとぼりが冷めるまで、学校を休んだ方がいいかも。

 一人で先の事を考えていたら、静かに佇んでいたほのちゃんが左手を握り締めてきた。


「ひなちゃん不安そうな顔してる。だいじょぶ?」


 幼い頃から共に成長してきた私たちに今さら隠し事は不可能。浮かんだばかりの不安なんて、すぐさまほのちゃんに見抜かれてしまう。


「あはは…顔に出ちゃってたかぁ。お母さんの事とはいえ職種と名前がバレちゃったから、少し不安でね」


「あー…ひなちゃんのお母さんって、ネットで検索したら簡単にヒットするタイプの人だし、この状況での身バレは危険かも。今日はうちのお姉ちゃんに車で迎えに来て貰おうか?」


 ほのちゃんのお姉さん、大学二年生の喜薪くゆりさん。ほのちゃんと同じく穏やかな性格で、今年二十歳になるすごい母性の持ち主。よく私やほのちゃんを膝に乗っけたがる人。


「迷惑じゃなければお願いしようかな」


 私たちはこのあと二時間ほど待機させられ、くゆりさんの運転する車でそれぞれの家へと帰宅した。

 そしてこれから自分自身と深く向き合わなければならないなんて、思いもしなかったのでした。

 次回、プロローグ「世界崩壊」編 完結です。

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