君を愛する事はない。── けれど? 〜冷笑を浮かべる雪山辺境伯は決して愛を乞わない〜
「君を愛する事はない。……けれど、君の子供は出来る限りの愛情を注ぐと誓う」
「はい。あ、ありがとうございます」
次期辺境伯の予定であった弟が馬車の事故で亡くなって、数日。
弟の嫁であるマリアベルは喪服姿に大きなお腹を抱え、涙ながらに感謝を述べる。
そんな彼女に、僕は冷笑を浮かべた。
喪が明けたら僕はマリアベルと結婚予定だ。
そのまま領地も引き継ぐ事に。
父上とは散々話し合った。
金はないが、我が家より家格が上であるマリアベルの子供を取り上げて、本人だけ実家に返すのは外聞が悪い。
帰っても肩身が狭いので、出来ればこちらに置いて欲しいとマリアベルも言う始末。
なまじ血筋がいいだけに、お腹の子は確実に後継者になるだろう。
なんて忌々しい。
仮に、辺境伯となった僕が他の誰かを娶っても、マリアベルと弟の子が居るので、僕の子供は領地を継げない。
他に優遇しなければならない存在がいる中で、そんな僕に嫁いで来てくれる女性など、好条件の相手は望めないだろう。
むしろ、持参金をたらふく持って、婿に行った方が遥かに楽な人生だった。
ただでさえ「魔の霊山」と呼ばれる雪山に魔物が多い危険地帯。
魔物素材や貴重な薬草で金は潤えど、王都に比べれば超絶寒いし、決して安全な場所ではない。
援助目当てでも、ガーシュヴィッツ公爵家の三女であるマリアベルが嫁いで来てくれた事すら偉業だ。
最初は二人ともマリアベルの婚約者候補だった。弟と僕は双子。
彼女に選ばれた方が次期辺境伯として、恨みっこなしだと、笑いながら弟と酒を酌み交わしたのが昨日の出来事みたいに感じる。
見た目はソックリだが、ほがらかな性格の弟と、ぶっきらぼうな兄。
どちらが選ばれるか、分かり切っていた事なのに。
それなのに──。
マリアベルは僕に愛を囁いてくれた。
美しい彼女に愛を乞われて、惚れない男などいないだろう。
僕はそんなマリアベルに夢中になった。
互いに結婚の約束までして。
誘われるままに婚前交渉を重ね。
何故か弟が選ばれた。
つまりは、そう言う事なんだろう。
腹の子が弟の忘形見なのか、僕の子かはわからない。
彼女の事は本気で愛していた。
──── けれど。
本気で愛していたが故に、その裏切りが僕の胸を深々とえぐった。
どうしてもマリアベルを許す事が出来ないのだ。
どんなに愛を乞われても、
もう二度と君を愛する事はないだろう。