神官と術士
あれから少しは戦えるようになった。
やみくもにナイフをふるうのではなく、ゴブリンの動きを見て避けてから攻撃に転じるか、機先を制するか、多少の判断はできるようになった。
それでも攻撃を避けきれないときは甘んじて受け入れ、攻撃後の隙を突いて致命傷を与えた。
死なない体だからこそできる芸当である。
だが「捨て身の攻撃をしていては技術が向上しない」とはカレアの言だ。
ごもっとも。
わかってはいるが目の前の魔物を倒すことに気が急いて大雑把な戦い方をしてしまう。
そんな戦い方を改めようとしていたある日。
僕は左腕を犠牲にゴブリンに致命の一撃を与えようとした。
ゴツゴツとしたこん棒が腕を砕こうとした瞬間ーー
「フレイムエナジー!」
叫び声とともに赤い粒子の塊がゴブリンを包み込んだ。
灼熱の業火に呑み込まれた魔物は絶叫をあげ、悶え、真っ黒に燃え尽きて絶命した。
声のしたほうから足早に近づいてきた少女は僕の胸ぐらを掴んで怒声をあげた。
「なにやってんだてめえ! 片腕になりてえのか!」
栗色の髪を後ろでくくった小柄な少女は体に見合わない強い力で僕を突き飛ばした。
後ろで見ていたカレアが静かに鎌を構える気配がした。
少女は僕を助けてくれたと理解していいのだろうか。
「まあ落ち着けモニカ。兄ちゃんも済まないな。こいつは口より先に手が出るタイプなんだ」
少女の背後からゆっくりと現れたのは白いローブに身を包んだ中肉中背の男。
無精ひげにたれ目、白髪まじりの男だった。
「でもこいつ! 腕を潰されるとこだったんだぞ!」
可憐な顔立ちに似合わず、モニカと呼ばれた少女の口調は荒い。
僕はカレアが妙な行動を起こす前に口を開いた。
「ケガをしてでも倒せるなら、と思っただけなんだ。すまない。助かったよ」
怒りが収まらない様子の少女に軽く頭を下げた。
白髪まじりの男は近づいてくると僕の肩の打ち身を見抜いたが早いか、呪文を唱えた。
「サンドヒーリング」
淡い緑の光が肩に灯り、ゴブリンから受けた傷の痛みがやわらいでいく。
どうやら少女は攻撃魔法が使える術士で、男は回復魔法が使える神官のようだ。
「これで大丈夫だろう。だが、モニカじゃないがあんまり無謀な戦い方をしてると命がいくつあっても足りないぜ?」
命なら無限にある、とは言わずに、
「ありがとう。痛みが癒えたよ」
男は人当たりのいい笑みを浮かべ、未だに溜飲の下がらないモニカの頭をポンポンと撫でた。
背後で武器の構えを解く気配を感じた。
カレアなら僕たちの姿を見た者を消そうと考えても不思議ではない。
僕の体の秘密が知れわたるより、人間の二、三人を殺めることを選ぶ冷徹さを備えている少女だ。
銀髪に冷たい蒼の瞳は彼女の徹底した冷徹さが表出したものなのかもしれない。
「俺たちは街に戻るところだが、兄ちゃんたちも一緒にどうだい? 見たところ、後ろの嬢ちゃんはまだまだ戦えそうではあるが……」
男は僕の肩越しに目線を送った。
どうやら立ち振る舞いからカレアがパーティのリーダーだと判断したらしい。
カレアは魔物が複数いたときに降りかかる火の粉を払うだけでまともに戦闘に参加していない。
一方で僕は何度も死んで体力的には帰りたい頃合いだった。
そろそろ帰りたいですと気持ちを込めた視線を送るとカレアはため息をつき、
「わかったわ。一緒に帰りましょう」
僕たちは帰路につくことになった。