変わった田舎の冒険者を訪ねて
冒険者ギルドの職員として、新種や珍種の魔物について調べるということはよくあることなんだけど、冒険者について調べるということはほとんどない。そもそもマネージメントはその土地の冒険者ギルドの仕事であって、中央の都市にいる俺がやっても仕方がないことだ。
もちろん、ギルド内には転生者担当などもいるから、特殊技能を持つ冒険者には彼らがマネージメントとをすることになっている。
その冒険者も転生者だというから、転生者担当に仕事を振るのがいいのだが、すぐに行って帰ってきてしまった。
「別に何がすごいというわけではないというか。いや、すごいはすごいんですけど、範囲として限られているんです。冒険者の発展にとっていいのか悪いのか判断しかねます」
転生者担当が言うには、「彼」の出現によって大きく冒険者の仕事が変わるということはなさそうだ。むしろ、今住んでいる田舎に適応しているらしい。
資料を見せてもらうと、依頼達成率は100パーセント。だが、ほとんど同じ魔物の討伐ばかり。仕留め方は玉状の魔力による攻撃のみだ。
装備として木刀も携帯しているものの防御・反撃にしか使っていないらしい。
特記事項として、「指導教官が複数いること」と書かれている。
転生者と知って、指導教官たちが寄ってたかって妙な冒険者に仕立て上げているだけ、にも見える。
そもそも魔力の玉だけで、どうやって攻撃するのか。矢ではだめなのか。もっと言えば、防御が木刀というのはどういうことなのか。
教官たちが、適当に強い転生者の能力に乗っかってしっかり指導していないのであれば問題だ。
ということで、内部調査がてら、そのクーパースという片田舎の町へ出張した。
二日乗り続けた駅馬車を下りて、町の広場に辿り着くと、野菜がたっぷり入ったホットドックを売る屋台や、揚げポテト、チーズの焼き菓子などを売る店が並んでいる。八百屋に肉屋も通りに見えるので食には困ることはなさそうだ。
肉屋の隣にある冒険者ギルドに向かい、併設された宿にチェックイン。宿は清潔感はあるものの、どの冒険者ギルドの宿も同じように古臭く、部屋は狭い。
テーブルが壁際にあり、すぐ隣にベッドがある。子ども部屋のようだ。
「出張ですか?」
宿の主人が部屋に案内してくれた後、聞いてきた。
「ああ、中央の冒険者ギルドからだ。変わった冒険者がいると聞いてきたんだが知っているか?」
「ああ、それはたぶんうちの清掃員です」
「清掃員だって? 冒険者だと聞いているが……」
「夜は清掃の仕事をしているんです。冒険者は副業という感じですよ。1日冒険者として働いて、肩を休めるために中二日は空けるスケジュールなんだそうです。その間、冒険者ギルドの敷地を清掃してます。あ、ほら、中庭で洗濯物を片付けている彼ですよ」
宿の主人までおかしくなったのかと思ったが、中庭では女中の代わりに平均身長よりも若干背の高い男が、洗濯物をきれいに畳んでいた。
とりあえず、荷物を置いて話しかけに行く。冒険者ギルドの職員なのだから、休暇中であっても少しは話してくれるだろう。
「やあ、こんにちは」
「あ、こんにちは」
「今日は冒険者の仕事は休みかい?」
「ええ、肩を休めたいので」
宿の主人と同じことを言っている。
「肩を痛めるようだけど、どんな方法で魔物を討伐しているんだい?」
「だいたい50球くらい投げて、何発か当たればいいという感じですかね。守備はトラバサミに任せてます」
早速わけのわからないことを言う。罠であるトラバサミを守備だと……。
「君の守備は木刀を使うようだけど?」
「ああ、攻撃側に回る時ですね。教官たちがよくしてくれて、火の玉でも水の玉でもきれいに放物線を描いて飛んでいくんですよ。あのバットは本物です」
守備を攻撃だと言ったり、またわからない。
「次の狩りはいつ行くんだい?」
「登板は明日ですね」
「じゃあ、邪魔にならないようにするから見学させてもらっていいかな?」
「どうぞ」
「魔物がいる地区に行くので、あまり食料は持参しないでください。襲われる可能性がありますから」
「ああ、わかった」
冒険者ギルドの職員である以上、魔物の生態については詳しいつもりだ。臭いでいる場所が特定する魔物の相手をするのだろう。
続いて教官たちに話を聞きに行く。
「本人に明日狩りに行くと聞いたんだが?」
「ああ、コンディションはばっちりだ」
「一緒についていってもいいかな?」
「靴は歩きやすいのを持ってきたかい?」
「もちろんだ」
「じゃあ、大丈夫だ。荷運び用の肉屋たちと一緒にくるといい。面白いもんが見れるよ」
「誰が、彼に狩りを教えたんだ?」
「いや、俺たちはほとんど何もしていない。魔力の使い方と魔力反発の木刀をプレゼントしたくらいだ。あとは本人の努力だよ」
「魔力の玉を使うと聞いたが、どんなものなんだ?」
「固くて、握りこぶしぐらいの大きさかな。それを高速で投げるだけだ」
それで魔物を倒せるのか怪しいものだ。
「トラバサミも使うと聞いたが?」
「ああ、魔力の玉を弾き返す魔物や逃げ出す魔物もいるからな。本人は守備だと言っている」
「ほう……」
「我々には狩りに見えるが、チロマーにとっては試合なんだそうだ」
他の教官たちにも聞いたが、皆揃って「自分は鍛えていない。本人の努力だ」と言う。
「とにかく見なければわからないか」
翌日、チロマー氏本人を先頭に、教官と肉屋の馬車と共に調査員として、現場に赴いた。
チロマー氏は草原にトラバサミを置いて、魔物の住む森をじっと見ていた。トラバサミは指定の位置があるらしく、ショートなど名前を付けていた。魔物の種類によって、教官たちが手伝うこともあったらしいが、ここ最近はトラバサミでいいのだとか。
風が吹き、雲が空を覆い始めた。肉屋の主人も馬車の荷台で昼寝をしている。
狩りは魔物が出なければ暇だ。
自分も待ちながら欠伸をしてしまった。
バズンッ!
大きな音が鳴り、チロマー氏を見ると、魔力の玉を投げ終わっていた。
チロマー氏の前で、いつの間にか森から飛び出してきたジビエディアと呼ばれる鹿の魔物がゆっくりと倒れている。
教官たちがすぐに飛び出して行って、ジビエディアにとどめを刺すと馬車の荷台に運んだ。
「森にまだいるぞ」
教官の一人に言われ、今度はじっとチロマー氏を見る。
森から体格のいいオスのジビエディアが出て来たかと思ったら。チロマー氏が腕を大きく振っていた。
魔力の玉がものすごいスピードでジビエディアの横へ一直線で飛んでいく。
ズバンッ!
真っすぐ飛んでいたはずの魔力の玉が急激に曲がって、ジビエディアの脇腹に直撃。玉がめり込み、肋骨が折れ、泡を吹いて倒れてしまった。
「驚いたか? チロマーの投擲は曲がるんだ」
倒れたジビエディアを運んだ教官の一人がこちらを見た。
「追跡ってことか?」
「いや、そうじゃないらしい。本人は変化球と呼んでいる。魔物は逃げる方向に飛んでくるから避けられない」
「不思議な技だ」
「ああ、チロマーはほとんどあの技しか使わない。近距離魔法だが、精度が高く運用も難しくない。俺たち冒険者は魔物に合わせて、技術や魔法を決めるけど、チロマーは一つだけきわめていってるんだ。自分の方法に合う魔物を狩るスタイルだな」
「だから、依頼達成率が100パーセントなのか?」
「そうだ。この辺りにいる魔物なら、チロマーのあの剛速球で倒れるよ」
ズバンッ!
「でも、一人じゃ、倒すだけじゃないか?」
「冒険者は倒すだけで十分さ。足りない部分は俺たち教官や肉屋が補ってやればいい」
カキーン!
チロマー氏が木刀を振って、狼の魔物が吐いたファイヤーボールを打ち返している。
それだけで、狼の魔物は森の中に逃げ出していった。
結局その日、6体のジビエディアを討伐し、チロマー氏は帰路に就いた。
荷運びと解体は、教官と肉屋が担い、チロマー氏は何度もお礼を言っていた。
「いいんだ。こんなに汚れもなく傷みもない肉は市場に出回らないんだから」
肉屋の主人は、チロマー氏に手を振って応えていた。
一つの技に特化している冒険者はいるが、これほど投擲に重きを置いた冒険者はいるだろうか。弓矢ではだめなのか聞いてみたが、本人は「こちらの方が対処しやすい」という。
正直、チロマー氏の活躍できる場所は、まだまだある気がする。