考察・4 決定打に欠ける黒幕説
結論から言います。証拠不十分です。
まず『黒幕は黒田官兵衛だ』と主張するにしても……この説を唱えるならば、黒幕と明智光秀の間に、関係性がある事を証明しなければなりません。
今回の小説で描いた展開なら……明智光秀をけしかけた後、黒田官兵衛はあっさりと切り捨てて討伐するのですから、そこまで深い関係性であるとは限らない。ですが『ゼロ』とも考えられない。どこかで接触しなければ、そそのかす事も不可能です。
痕跡が残っていないだけで、連絡を取り合ったのではないか? と深読みと言うか邪推と言うか、ともかくこじつけ気味に推理するにしても、少々難しい。
『秀吉黒幕説』が出てくる理由として……秀吉と光秀は『信長直属の配下』なので、記録に残らない密談を行ったとしても、さほど不自然な状態ではない。密かに通じ、そして証拠品はことごとく抹消した……こういう推理が成り立つ。
が、これが『黒田官兵衛と明智光秀』となると難しい。全く面識を持てない……とは言いませんが、やはり『秀吉の部下』の距離感になってしまうと、記録に残らない密談の機会は限られてしまう。『秀吉と明智』なら互いの権限で、違和感なく接触できると思いますが……『信長の配下』と『信長の配下の配下』では、密談の難易度が跳ね上がってしまう。これを誰にも察知されないようにやる……ってのは、相当な高難易度と思えます。何か、個人的な親交や縁の痕跡があれば、話は違ってきますが……
ギリギリあるとすれば『秀吉は黒田官兵衛、明智光秀両名が接触している事を知っていたが、官兵衛を信頼して放置していた』ですかね? 秀吉は官兵衛が裏切っていないと信じ、人質を匿っていた程の仲です。秀吉、官兵衛の間での信頼関係は、疑いようがありません。だから、官兵衛が何か密かに行動を起こしていても、秀吉に危害を加えるような事はしない……そう信じて、知った上で放置していた……かなぁ? 自分で書いておいてアレですが、やや無理筋感が……
ネット上で調べてみると『秀吉と官兵衛の共謀で、本能寺の変の黒幕なのではないか』との説もありました。やはり秀吉が絡んでいる説が、濃厚に思われている節がある。官兵衛の独断で実行した……って説は、あまり主流では無いようです。
それに、自作の小説にしておいてアレですが、この説にはもう一つデカい穴がある。それは『明智光秀が黒田官兵衛に裏切られたとして、どうして明智は黙って死んでいったのか?』です。
明智光秀は、秀吉が集めた兵によって……山崎の戦いで敗退します。ですが、戦闘前に準備期間はあった。完全に対立、交戦状態にあり、この段階で明智は『ハメられた!』と察知する事が出来た……
戦闘前で、勝敗が分からない状況ですけど……明智側としては、容認できる状態ではありません。ましてや『黒幕』にそそのかされたのなら……『お前も道連れだ!』と言わんばかりに、ヤケクソ気味に黒幕の事を、呪詛の如く吐くのでは……?
武士らしくない、意地汚いと言えばそうですが、既に明智光秀は主君を裏切った逆賊。プライドもクソの如く投げ捨てて、喚き散らしてもおかしくない。もしかしたら流布していたのかもしれませんが、誰も信じなかった……って可能性も考えられる。でも全くどこにも残ってないのも、それはそれで変だなぁ……とも思います。これは『本能寺の変○○黒幕説』全般に、刺さりかねない要素ではありますがね。
もう少し悪あがきをするなら……その後の黒田官兵衛の処遇について語る事、でしょうか?
『本能寺の変』を乗り越え明智光秀に勝利し、織田家跡目争いも制覇し、発言力、権限を秀吉は完全に掌握します。度々戦が発生しますが、黒田官兵衛も軍師として活躍していました。それこそ、信長にとっての秀吉ポジション。秀吉の右腕と呼んで差し支えない立ち位置です。しかし秀吉が天下を統一した後、各武将へ所領を……日本全国に、武将をどう与えるか? の話になりました。
普通に考えれば……長きに渡り秀吉を支えて来た官兵衛には、多大な土地と褒章を与え、これからも自分を支えてくれ……って展開になるでしょう。が、実際は土地の広さこそあれ、政権中央からは離れた所領……豊臣秀吉から、遠ざけられた土地を大量に与えられています。ずっと彼を支えて来た、軍師なのにも関わらずです。
この理由ははっきりしていません。が、もし『本能寺の変が黒田官兵衛の手引き』だとすれば、秀吉の心情を想像し、この展開を説明できます。
「秀吉は信長様に死んで欲しくはなかった。自分がこの地位に立てたのは官兵衛によるもの。自分への忠義も疑いようがない。だがやはり……信長様が、今自分が座っている場所に、ふさわしい人物だったのに……」
事が一通り済んだ後からなら、秀吉も黒幕が誰なのかを把握していたでしょう。黒田官兵衛はあくまで、秀吉を思ってやった事。それは分かる。分かるがしかし、信長を排したい訳じゃなかったのに――この複雑な心境が、官兵衛を完全に切り捨てる事も、けれど許して、自分の傍に置く事もしなかった理由なのでは?
ですがやはり、これも状況証拠に過ぎません。決定打に欠けます。
何か一つ……何か一つ、黒田官兵衛と明智光秀の関係を示せなければ、この説は信憑性が低いと、言わざるを得ないでしょうね……
『本能寺の変』黒田官兵衛・黒幕説ですが、纏めるとこんな感じではないでしょうか?
良い点
黒田官兵衛の動機が明確。
中国大返しも説明できる。
その後の黒田官兵衛を、秀吉が冷遇した事も後付けで示せる。
悪い点
他の黒幕候補以上に『明智光秀』の接触が難しい。
親しくなるのも難しく、けしかける過程が一切不明。
明智側がヤケを起こして、黒幕についての言及がない。