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黒幕の後押し

 その頃、後の豊臣秀吉は……水に覆われた高松城を見つめていた。

 上流の川をせき止められ、城周辺は完全に『水浸し』だ。船を通さねば、とてもじゃないが行き来が出来ない。これにより外部との連絡は難しく、物資の流通も不可能に近い。この攻撃により、数か月に渡り高松城は『一切の物資の補給が行えない』状態が続いていた。

 消耗品が減る一方で、補給が一切できない……すなわち、高松城内部にいる兵は食料の補充を行えていない。城内は酷い飢餓状態だろう。そろそろ限界が近いだろうか? あるいは痺れを切らして、毛利軍の本体が出てくるか……

 今後の軍をどう動かすか、相手をいかに丸め込むか、交渉内容を考え始めた秀吉の下に、腹心の部下たる『黒田官兵衛』が静かに立っていた。


「官兵衛……どうだ? まだ交渉には早いだろうが……そろそろ毛利も動いてくる。こちらは兵の損耗もない。訓練の頻度を上げる程度で良いか?」

「いえ……講和を考えねばならぬ情勢かもしれません」

「何?」


 戦況は優勢。警戒はすべきだが、相手を交渉で落とすには早い。軍師官兵衛の発言に眉をひそめると、どこか仰々しく二通の手紙を差し出した。


「これは?」

「片方は……明智光秀から秀吉様へ。もう片方は……明智光秀から高松城の城主宛てです。――訳あって先に内容をあらためました。」

「……どういう事だ? 何故光秀殿が敵方に書簡を送る……? 運び手はどうした?」

「申し訳ありません。捕縛を試みましたが、舌を噛みました」

「そうか……まずは敵方への書状から読もう。同時に運んだのなら、ワシ宛てには嘘しか無かろう」


 官兵衛から手紙を受取ろうとするが、手渡す直前、官兵衛が言う。


「秀吉様……心して読んで下さい」


 神妙な表情の軍師から、秀吉が手紙を受け取り読み込む。中身を理解していく内に、秀吉の指先は震え、驚愕と混乱、絶望と猜疑の混じった声を発した。


「そんな馬鹿な……信長様が、明智殿に討たれた……? 官兵衛、これは欺瞞では!?」

「続いて、こちらをご覧下さい。明智光秀が、秀吉様に送った書状です」

「……なんだこれは? こちらに増援を送るだと……? あり得ない。確かに城攻めに時間をかかっているが、すぐに兵は必要ではない! 一体何のために……」

「恐らく明智の狙いは……事前に『後方から友軍を送る』と通達し、油断した所を奇襲する腹でしょう。ただ『明智が信長様を討った』だけならともかく……この動きは、秀吉様を奇襲で潰す意図が見えます」

「こ、こんなことが……いつの間にかこの増援も、ワシが信長様に要請したとある。くそっ! 一体誰が嘘の情報を!? 兵の移動中の隙に、光秀は信長様を……!」


 官兵衛はしばらく黙り込んでいた。黒幕は何も言わなかった。

『秀吉の名を騙り、信長を動かして、明智の謀反を誘発させた手紙』の事は、黒田官兵衛の胸の中にしまっていればいい。一方秀吉は、主を失った衝撃に震えていたが、軍師官兵衛は最後の一手を放った。


「秀吉様……これは好機でございます」

「何を言う官兵衛!!! ワシは……ワシは信長様に救われたのだぞ!? あのお方の死を喜ぶことなど出来ぬ!」

「ですが、これで状況は大きく動くでしょう。信長様亡き後、織田家にあなたの居場所はありますか?」

「……!」

「……恐らく、農民出身を引き合いに出し、織田家の古株はあなたを追放しようとするでしょう。あなたの地位は、信長様の恩寵があってこそです。それを失った今――あなたが生き残るには、織田信長の後継者になるしかない」

「………………」

「今すぐ毛利と講和を結び、京へ戻り明智光秀を討つのです! さすれば、他の武将たちもあなた様の功績を認めるしか無くなる。織田信長の仇を討った、羽柴秀吉として……」


 しばらく動揺を隠せなかったが……いつまでも立ち止まる事は出来ない。むしろこの大事件に対して、素早く対応をしなければ、秀吉とて取り残されてしまう。

 が、秀吉は考えて、官兵衛に疑念と不安を漏らした。


「しかし官兵衛……ここから本能寺、京の都までかなり距離があるぞ。毛利から講和を引き出すのは難しくないが……いずれ相手側にも真実は伝わる。追撃を防ぎつつ、全力で京の都に向かうのだぞ? 間に合うか?」

「ご案じなさいますな……この黒田官兵衛、毛利側を見事調略して見せましょう。進軍中にも兵を補充し、食料と休息も完全に整えて見せます。あなた様が……あなた様の手で、逆賊明智を討ち、そして織田信長を継ぐのです! 他にあなた様が生き残る方法もありません」

「………………理屈は、分かる。毛利への講和の準備を始めるが……官兵衛」


 黒田官兵衛が見た秀吉の顔は、極めて複雑な胸中を反映していた。

 頭では、官兵衛の言葉に理がある事を分かっている。しかし、すぐには……信長の死を受け入れられず、信じられず、絶望が押し寄せて来ているのに、膝をつくべきではないとも、分かってしまう。

 秀吉が知恵者であるが故に。優れた判断や洞察力を持つが故に、彼は魂を焼かれていた。


「……一分一秒、無駄にすべきでないのは分かっている。だが……少しだけ、少しだけ、一人にしてくれ」

「そう……ですね。承知仕りました。その間、あなた様に代わり、準備を進めます。よろしいですな」

「あぁ。お前を信じるぞ。官兵衛」

「はっ!!」


 恭しく頭を垂れ、一人陣の中に入る秀吉を見送る『黒幕』……

 彼もまた複雑な表情を浮かべ、一人静かに呟いた。


「あなたには……あなたこそが、天下人にふさわしき御方。織田信長の死も乗り越えてこそ、真に天下を治めるべき器となるのです。何も案じる事はありません。すべて……天下人への道は、この官兵衛が整えているのですから」


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