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黒幕への手紙

 1582年6月21年――織田信長が、明智光秀により討たれた。

 後に『本能寺の変』と呼ばれる、歴史的大事件……信長の死亡を確認すると、明智光秀はすぐさま、周辺諸侯に手紙を送り『我こそが信長の後継者なり』と喧伝しようとした。

 各所に送られた手紙……その内容は送る相手に応じて、微妙に中身が異なる。誰もが動揺し、真偽を疑いながらも、これから始まる激動を予感していた。

 だが……『織田信長』の臣下には、手紙を送る事は無い。当然だ。信長配下の武将にしてみれば、明智光秀は主君を殺した大罪人。弱肉強食と下剋上の時代、戦国時代においても容認されないだろう。

 そんな中――明智光秀から、ある手紙を受け取った人物がいた。現代には残らない、消失した手紙――その一場面を、覗いてみよう……


***


 場所は中国地方、現在の岡山近辺にて――毛利勢と後の豊臣秀吉がにらみ合っていた。

 現状は秀吉優勢に見える。敵の城、高松城は付近の川がせき止められ水没。水責めにより何か月も包囲され、秀吉軍は城を取り囲み兵糧攻めを仕掛けていた。

 既にかなり毛利側は疲弊し、降伏も時間の問題。増援の危険も考えられるが、それを加味しても『秀吉優勢』と言える戦況だ。

 そんな中――秀吉の部下、軍師官兵衛にある報告が届く。野営陣地の中で、気配を消した闇に紛れる者……官兵衛配下の忍が、密かに耳打ちした。


「官兵衛様……明智光秀殿からの使者です」

「来たか……外で待たせてあるな?」

「えぇ。あなた様の指示通りに、すべて整えてあります」

「よろしい……私が直接会おう。秀吉様は?」

「ちょうど高松城を視察しておられます」

「それは良い……運も味方したか。偽の手紙は?」

「こちらに。どうぞ」


 忍びが差し出したのは二通の手紙。どちらも『明智光秀の筆跡に似せて書いた、偽の書簡』である。事前に用意したそれを懐にしまうと、官兵衛は忍びに伝達する。


「仕込みは出来ているな?」

「すべて滞りなく」

「よぅし……ならば打ち合わせ通りに事を勧めよ。ここからは速度を重視せねばならん。報告はみつに、計画はひそやかに、されど確実に、なおかつ速やかに」

「無理難題を仰る」

「故に明智光秀の虚を突けるのだ。ここが紛れもなく天下の分け目。すべて完遂した暁には……三倍の褒賞を約束しよう。励むがよい」

「……御意」


 音もなく消える忍びを背に、黒田官兵衛は光秀の使者の所へ向かった。外で待たせたその者は、明智光秀を知る部下の一人だ。官兵衛が向かうと、恭しくこうべを垂れる。


「黒田官兵衛様……すべて滞りなく、計画通りに、織田信長の命――明智光秀様が取りました」

御印みしるしは?」

「いえ、本能寺は焼け落ち、恐らくは自刃したかと……ですが、信長の死は確実。逃げ出した女人が 森 蘭丸 共々、最後は奥へ向かったと証言しております。生きているのなら……あの男なら、次の一手を打っているでしょう」

「なるほど。確かに」

「これで……これで、天下は我々の手に。そうですね? 官兵衛殿……」


 感極まった様子の使者に、あまり表情を動かさない軍師官兵衛。無言の彼に対し、光秀の使者は口を開き続けた。


「織田信長と……その周囲にいる重鎮気取りは我慢なりません。ただ仕えた年月だけを誇る、老害めいた無能どもめ。これからは純粋な実力主義こそ重要。我ら新参の武将が、古くからの奉仕だけを誇る者どもを一掃するのだ。それには明智様と、秀吉様の両名こそが重要。織田家を解体し、新たな体制を築く事で、新しい日の本の革命をもたらす……そのための謀反、そのための人柱なのだと。

 信長は確かに非凡ですが、古き家に足を引っ張られていると知りながら、完全に排しきれなかった。ならば我々が……能力のある者が築く新しい武士が世を治める……」


 長々と語られる使者の言葉は、黒田官兵衛が刀を抜いた事で沈黙へと変わった。目を見開き、見る見るうちに使者の顔は青ざめ、同時に怒りへと転じる。周囲からは忍びが数名取り囲み、ようやく使者は悟った。


「謀ったか……黒田官兵衛! 今までのすべては嘘だと?!」

「いいや……古株の老害は同感だ。新しき者が世を治めるのも本心だ。信長がその器で無い事も」

「ならば何故、光秀様を裏切るのか!?」

「能力だけで人はついてこない。信長の後を継ぐには、ふさわしい実績が必要だ。秀吉様が『信長の仇』を討つ事で、その計画は完遂される」

「貴様……最初からそのつもりで、明智様をそそのかしたか……!」


 反転し、この場から逃げようとする明智光秀の使者。既に包囲を敷かれていては、逃げようにも逃げられぬ。忍びの者が拘束すると、無表情の官兵衛が使者の心臓を貫いた。

 恨みを最後まで放つ眼光から、黒田官兵衛は目を逸らさない。淡々と忍びが後始末に入るのを手で制し、官兵衛は一つの手紙を手に取った。

『本物の手紙』――明智光秀と黒田官兵衛の関係を示す、致命的な証拠品だ。懐にしまい込み、後で篝火に投げ入れて燃やしてしまえば、だれにも分からない。

 ――これでいい。後は『真に天下を治めるべき人間』に……話をつければいい。光秀に裏切りをそそのかし、信長を討たせた挙句切り捨てた黒幕は……もう一度ある武将に決断を迫った。

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