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story1-3【お客様はクソですね】

アラームの音で目を覚ます。時刻は18時を少しすぎたところで、これからアルバイトの夜勤がある。

共に雑魚寝していたわかばも目を覚まし、ベッドでいびきをかいていたひかるものそのそと起き始めた。

昼食の残りをつつきつつ、順番にシャワーを浴び、出勤準備を整える。準備と言っても着替えてタバコを吸うだけだ。化粧をするのは美恋(みんと)希望(きぼう)だけで、それもファンデーションやアイシャドウだけで終わる。その間寝る前の会話が尾を引いているのか、会話は無い。美恋にとっては少し早く、ひかるにとってはいつも通りの時間に家を出た。

職場(バイト先)はひかるの家から6駅分、美恋の家からは2駅分の中途半端に栄えた街にあるカラオケ屋だ。企業としては古く、日本企業としては有名な赤い看板を掲げている。自社製品、というのを売りにしたカラオケ屋で、音響に拘ったカラオケ屋なのだが。立地も相まって夜の客層は良くない。ついでに店長もインモラルなのではないかと言うほど人格に問題のある人間だ。更衣室の鍵を受け取る僅かな時間でもセクハラをしてくる。案の定、今日もセクハラを苦笑いで受け流し、鍵を受け取って更衣室へ向かう。

「あいつこそマジでインモラルだよな」

ひかるの発言で気まずかった空気も少しだけ和らぎ「ホントだよなー」とわかばが同意したことで弾む。

「あれが出勤してると気分最悪でござる…」

「反応に困る話題ではあるよね」

「でもアイツすぐ帰るっしょ、今日は」

「だといいけど」

更衣室に向かう途中。見えるルームは殆どが稼働しており混雑していそうだ。お酒が入っているのか、どんちゃんさわぎをしているルームも多い。

「あのルームヤベェな。トラブル起きなきゃいいけど」

「完全なフラグをどうもありがとう、回収しないでね」

口に出したひかるの不安はしっかりと的中する事となる。


・▽・


深夜にもなれば混雑は落ち着き、休憩回しや閉店作業に追われる。今のところ目立ったトラブルもなく進んでいたのだが、事が起きたのは美恋の休憩開始直後。賄いを片手に空き部屋で休憩を取ろうとした時の事だった。

「やめてください」

あのルームヤベェな、とひかるが不快そうに見た部屋の客3人が別の部屋の女性客へと絡んでいる。火のついたタバコを片手に。

休憩中だと言うのに最悪だ。通路は禁煙だしついでに部屋も禁煙なんだがこの調子だと部屋でも喫煙していそうだ。何より他の客に絡むとは、店員として止めなければならないじゃんか。

「お客様ー?通路禁煙ですのでまずはおタバコ消して頂いて。それから他のお客様のご迷惑となりますのでお部屋にお戻り頂けますか」

こういう輩がいるから喫煙者の肩身は狭くなるんだよ。そう毒づきたい気持ちを抑え、あくまで冷静に声を掛ける。随分酒が入っているのか。「うるせぇくそババア。ブスに用はねーんだよ」と怒声をあびせられた。普通に腹立つ。

「他のお客様もいらっしゃいますご迷惑をお掛けしている状況ですので、申し訳ございませんがご退室お願いします」

インカムで状況を共有し、速やかに退出要求を掛ける。基本的にはヤバそうな部屋の客は顔と部屋番号を一致させておくのが鉄則だ。怯える女性客へ部屋に戻るよう伝え、追いかけられないよう男の進路を塞ぐ。

「なんだとテメェ。金払った客だぞ、どこでタバコ吸って女に声掛けようが自由だろうが!」

なんというお手本通りのクズでしょう。一瞬言葉が漏れかけたが、飲み込む。既にインカムを聞いて部屋へとひかるが退出要求を掛けに向かっているのは確認した。

「まだ代金は頂いておりませんので。それから、他のお客様もいらっしゃいますのでお客様一人のご要望にお応えする訳には参りません」

気付けば男達は少しずつ異形の姿へと変貌しつつある。吐き出される罵声は人としての言葉を失い、意味をなさぬ叫びへと変わっていく。

「メビウス、こいつら…」

「インモラルに取り込まれたメビっ」

カバンの中からマリモ人形がひょっこりと顔を覗かせ悲痛な叫びを上げる。

「美恋!部屋に居たヤツらは退室した、後はこいつらだけだよ」

インモラルへと変貌していく3人を前にひかるが合流し戦闘態勢に入る。男の1人が振るった手に賄いを入れた皿がぶつかり合い、揚げたてのポテトが虚しく地に落ちた。

「希望、インモラルだよ。誰も部屋から出ないように内線かけて」

『了解、我輩とわかばで運営は回すでござる』

『フラグ回収乙』

インカムの返答を聞き、美恋とひかるは互いを見合う。視線だけのやり取りでも伝わる。インモラルがいる以上、バイト中でもやるしかない。

「「スモーキングパワー、メーイク、アップ!」」


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