story1-1【突然の来客は大体ロクな事にならない】
今日も長い一日が終わった。ついでに就活も詰んだかもしれない。
そんな昼下がりの帰路。コンビニ弁当を片手に、少し乱れたスーツが邪魔くさく感じる。
郵便受けにはクレジットカード会社からの催促状と就活の合否連絡がてんこ盛りで。すっと見て見ぬふりをした。
誰もいないはずの、6畳1間の部屋は何故かクーラーが付いていて。いや鍵は閉まっていたから消し忘れたのかもしれない。挨拶もせずにまずはコンビニ弁当を温める。
虚しい一人暮らし。
女子力の欠けらも無い脱ぎ散らかした部屋。
「ねえ、ただいまぐらい言ってメビッ」
不釣り合いな可愛らしい声と相反する語尾に思わず美恋の手が止まる。
「無視しないでメビッ」
やっぱりまだ居たかという心半分。誰かが居るという家はどうにも慣れない。
「近所迷惑だよ、メビウス。壁薄いんだから話さないで」
「酷いメビッ!こんなにも愛らしいフォルムのメビウスなのに!」
メビウスは無形の意識体らしく、ぬいぐるみに憑依することで意思疎通を行っている。メビウスが憑依したのは真緑の棒人間に刺繍で「マリモ」と書かれていたぬいぐるみで、美恋がおふざけ半分に土産として貰ったものだ。残念ながらこれを可愛らしいと思うセンスは無い。
「大体!いつもいつモゴモゴ」
更に文句を言おうとメビウスが声を張り上げたところで玄関のチャイムが鳴り、美恋はぬいぐるみ(メビウス)を握り潰した。見知った人間に聞かれても困るが、取り立てだった時に居留守が使えなくなってしまう。
「ミントー、暇っしょー?」
よく知った声と共にチャイムを連打され、思わずため息が出る。これは居留守を使う方が面倒そうだ。さりげなくメビウスの憑依したぬいぐるみを放り投げる。
「うるさいぞ、わかば」
玄関前に立っていたのは黒蜘蛛わかばで、挨拶よりも先に左手を差し出された。この後のセリフは知っている。
「金貸してー」
「誰が貸すか」
このわかばという女はギャンブル中毒と言っても過言ではないほどギャンブルに費やしている。確実にギャンブルに消えゆく金を貸すほど優しくは無い。
「そー言わずに。ぜってー勝てる台見つけたんだって」
「お前の勝てるは勝てた試しがない」
「んじゃーとりあえず暇つぶしに高井んち行こーぜ!」
「いやこれからご飯だっつの」
この、人の都合を考えない自己中心的もとい自由奔放な性格は無職であることにもなんの後ろめたさも感じていないのだろう。羨ましい限りだ。
「そー言わずに行こーぜって」
うん、これは行かないとここに居座られるパターンだ。
「せめてスーツ着替えさせて」
あいあいさー!と騒ぐわかばを放置しそそくさと着替えに向かう。温めた弁当はどうやらお預けの様だ。
適当な洋服に着替え、先程握り潰して捨てたメビウスを拾う。タバコと財布さえあればまあ良いだろうと思い、床に転がっていた鞄にメビウスも詰める。悲鳴に近い拒絶は聞かなかったことにした。
もう少し更新頻度上げられたらなぁなんて思う今日この頃。