story0【戦え、就活生】
誤字を修正しました。
世界は2つの人間に分類される。
喫煙者か、非喫煙者か。
ただその二通りの人間しかこの世界には存在しない。
清々しい程に広がる青空。溢れんばかりの輝きを放つ太陽。いや溢れているから空が明るいのだけれども。
暖められた空気は快適を通り越しマスク姿では息苦しく、着込んだスーツは少し動くだけですぐに汗ばむ。不快だ。
時は5月。ゴールデンウィークも終わり、夏に向けて時間が進んでいる今日この頃。大学四年生にもなると就職活動と言うものに追われ、休みは消し飛ぶ。大学に顔を出せば卒論を出せ、レポートを書け、そればかりだ。
いっそ就活など辞めてしまいたい。
何度そう願い、エントリーシートを破ろうと手にかけたか。
まあエントリーシートを破り捨てるまでもなく採用されずにズルズルと1年過ごしているのだが。
先程行った面接も手応えはない。次の面接までまだ時間がある事だし、家に届いていた封書を片手に喫煙所へと赴く。
衝立の先に広がる煙のオアシス。
愛用の黒いiQOSにヒートスティックを差し込み加熱。一息つくこの瞬間が至福の時だ。
とはいえそれも長くは続かない。
封書を開いて中を確認すると、案の定不採用通知。一翠美恋様、以下お決まりの見慣れた定型文が並んでいる。
思わず漏れた吐息はタバコの煙を吐き出したのか、ため息か。
まあいい。きっと次がある。
そう言い聞かせるのも何度目か。気分が落ちるのと一緒にタバコの味も落ちたような気がした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ化け物ぉぉぉ」
気落ちしているのもつかの間。喫煙所の入口付近から叫び声が聞こえる。衝立の奥へと逃げてくる人。吸っていたタバコをそのまま床に落としてしまう人。逃げ場がなくなり錯乱する人。次の瞬間には衝立が吹き飛び、充満していた煙と共に溜まっていた人も散っていく。
「インモラル!?」
蜘蛛の子が散るように人口密度の低下したそこに姿を見せたのはインモラル。人間の倍以上身長がありそうな異形の姿をした化け物のようなもので、喫煙所を象る衝立を執拗に破壊し灰皿をなぎ倒している。
「あーもう、気分最悪なのに」
今しがた吸い終わった吸殻を片手に、ポケットから携帯灰皿を取り出す。可愛らしいデコレーションのされたステンレス性の携帯灰皿を開き、吸殻を優しく入れた。
「スモーキングパワー、メイクアップ!」
掛け声と共に力が満ち溢れていく。
無愛想な就活スーツは光に包まれ、霧散。エメラルドグリーンの短いプリーツスカートがひらひらと舞い、浴衣のようで浴衣よりも遥かに丈の短い薄緑の上着が形成される。腰には濃い紫の細めの帯が輝き、足元はパンプスから無骨な編み上げブーツへ。
「キュアiQOS、参上」
変身を終え、帯に吊り下がったケースに携帯灰皿とiQOS本体、ヒートスティックの入った箱をしまい込まれる。
「ダバゴガズイダインダァァァァァァァア」
悲痛な叫びと共に振り上げれた拳を後方に跳躍して躱し、地を殴ったインモラルの腕に一撃蹴りを入れる。懇親の力で蹴りを入れたつもりだったが、ダメージはないようだ。
2撃目が来るより先に距離を取り、iQOSにヒートスティックを挿す。加熱したそれを深く吸い込み、インモラルに向かって吐き出した。
「羨望の煙」
タバコが吸いたい時に食らうと精神的苦痛の大きいこの技は相手を錯乱させる。煙を払おうと首を振り、隙ができる。
「トドメよ!」
素早く吸殻を携帯灰皿へとしまい込み、新しいヒートスティックを取り出す。左手にはスモーキングパワーで作り出した光の弓を、矢には取り出した新しいヒートスティックをセットする。
「喫煙の誘惑」
新しいヒートスティックを1本犠牲とする大技を発動させ、見事インモラルへと直撃。異形が霧散し、スーツ姿の中年オヤジが力なく地面へと倒れゆく。
「我慢のし過ぎは良くないぞ。ヤニカスチャージプリキュア、任務完了!」
決まった、とばかりに変身を解いてスーツ姿に戻る。残念ながら破壊された喫煙所は戻ることなく、その無惨な姿だけがインモラルの居たという痕跡となった。
「ってやば、面接遅れる死ぬ」
散乱した吸殻や倒された灰皿はそのままに、駅へと慌てて走り出す。
これは世の喫煙者のため、水面下で戦うヤニカスチャージプリキュアの物語。