だってあなたはヘイムを
言葉は庭園の枯れ色の空間で分解されていく。言った瞬間にジーナの興奮は冷や汗と共に引いていった。それでもやはりシオンの表情は変わらずにいるものの、ジーナは謝ろうとするも手で止められた。
「いま、声に態度や言葉や心が分離しているのが、分かりますよね? 単純ですが、そういうことです。ヘイムがつまらなそうに語っていても本当につまらなかったと判断するのは、ちと単純すぎるということですよ。あなたが残念なのにそうではないと声を出すように、です」
意味が分からないもののジーナにはその矛盾する説明に心は反発を覚えはしなかった。
「つまらないと言えばつまらないのでは? 私のはそういうのとは違いましてですね」
「違いませんって。ほら男の方々も意地を張ったり天邪鬼になったりするじゃないですか。そういうことですよ。人の態度を額面通りに受け止めてはなりませんって、同性相手ならすんなり理解してそうするのに、異性相手だとそうしないって、女は聖人でも聖女でもありませんよ。人間ですって」
邪悪な存在では? と心の中で思うと同時にどこかで温かいものや光が灯されていくのが感じられた。
「そうなると、つまりは」
「つまりは? どうしました? 声が弾んでいますよ」
「こういう反応は駄目なのですか?」
「別にそんなこと言っていませんよ。何です今日は支離滅裂でどっちがあなたの心なんです?めんどくさいことをグダグダ言わずにはっきりとしなさい」
命ぜられジーナは天を仰ぐと空はさっきよりも暗くなり風も冷たさを増している。空気を吸い込むと肺に乾いた冷気が満ちる。とても気分が良くなる気候でもないのにジーナの心はそれほど陰気ではなかった。
これは言わされているだけ、と自分に言い聞かせた。
「ほら黙っていないで言いなさいってば」
険しい顔のシオンに無理矢理に言わされている、だから言えるのだと。寒風を肌に受けながらジーナは思った以上にあっさりと言えた。
「それはまぁ相手が嬉しいと嬉しいじゃないですか」
答えるとシオンは表情を一変させ笑った。
「同感です。私もあの子が楽しんでいると安心しますよ。ようやくあなたにも龍の護衛としての自覚が出始めて喜ばしいですね」
そういうことなのか? そうなのか? いや、そうではない? と戸惑うジーナを無視してシオンは機嫌良く歩みの速さが増した。
「つまらなかったことを饒舌に語りましたが、そこまでつまらなかったわけではないと私達は思いましたよ」
「そこがまずわからない。普通楽しかったなら楽しかったと語るのでは」
「分からない人ですねーそれはですねぇ。あの立場上つまらないといった言葉は出しにくいのですよ。考えてみてくださいよ。あやつは駄目だと龍身が言ったとしてそれがそのものの耳に入ったとしたら……大問題で下手したら自決してしまうかもしれません。いまのヘイム様というのはそういう立場にある御方なのですよ。でもですね、でも。あなた相手には言える。いくらでもね」
ジーナは頷きそうになるが首を固め当然言うべきことを言わねばなるまいと急いで声を出した。
「それって私に対してひどくないですか?」
ひどくはない、当然のことだとジーナはどこかから声を聴いた。
「そこは立場上諦めてください」
諦めるもなにもお前、とまた声を聴く
「いつもの態度を考えたらいいじゃないですか。だってあなたはヘイムを」
瞬間、無が来たようにうるさかったジーナの心が鎮まりかえり、静かなるもの、あるいは死のようなものを感じた。
シオンの顔を見る。これから死の宣告を与えるものの表情には見えずジーナは拒絶すべきだというのに、身体は動かずにその口を動きを眺めている他になく、瞼も閉じることもできず覚悟を固めることもできずに、息を止めその時を迎える。
「龍身様だと見ずに敬意を示しませんからね」
想定外の言葉が放たれジーナは息を吹き返した。
「龍身様にあんなに自己の美意識などを強制しているのですから、その代わりに過酷な扱いは甘受せねばなりませんよ」
返事をせずに大きく長く息を吸い込みジーナは吐く白い息を眺めながら命を感じていた。
「それは、そうかもしれませんね」
「そうですよ。まぁだからこそあなたを助けたのかもしれませんね。そこは幸いということで、ヘイムもあなたの貴重性を大切にしているのでしょう。あなたといる間だけ龍身であることを少し休んでいられる。緊張から逃れられる。そうといってもそれはいまだけでしょうけど。あなたもそのうちに龍への信仰に目覚める。その時まで」
それはない、とジーナは心の中で思うと胸に痛みが走った。その考えを罰するかのように。
シオンの足は館の入口へと向いだしジーナは続く。もう時間なのだろう。
「けれどもジーナ。あなたはヘイムが大目に見てくれているだけですからね。本来ならあのような振る舞いや言動は問題であり、何らかの処分や更迭もありますからその点は心によくよく刻んでおくことですよ」
「畏まりました。けれどもシオン、早めに後任は探した方がいいですよ。いまからでもすぐに」
「またそれですか。そんなにやめたいのですか? あれだけ好き勝手やっておきながら。本当に苛めがいがありますよあなたは」
シオンは苦笑いしつつ扉を開き中へと入っていくもジーナはその前で足を止めさっきの言葉を思い出す。
信仰に目覚めるその時までか……首を振りながらジーナは中へと入って行った。