残念だと?
「あのシオン様」
「言い直しなさい。いまから癖をつけておくために私と二人の時もそうしましょう。その都度いちいち指摘しますよ」
変則的な日程となったためヘイムはルーゲンと先に講義となりその間にジーナはシオンと庭を歩くこととなった。
寒空は雲に覆われ陽は射さず世界は灰色の中にあり色彩は人々の服にだけあるようであった。
「あなたがいるとヘイム様が昔のように元気になりますから助かりますね」
独り言のようにシオンは語りジーナの返事は待たずに続ける。
「マイラ様がいれば昔の調子に戻れますが、なにせ忙しい身ですのでそう滅多にお会いできませんし。あなたのようにどう扱っても良い存在がいると心が休まるのかもしれません。ああ見えて昔は活発で彼氏役の男にそういうことを沢山していましたし」
見た目そのまんまではないのかと思うよりもジーナは彼氏役という言葉に引っかかった。それは、つまり婚約者や夫役と言うことだろうか? そうなのだろうな、うん、そうだ。
「まぁ私はそういう役が得意だろうな。この間だって成功したしな。あのことについてあとで黙ったのはそういうことだろシオン」
ジーナが気安めに喋るとシオンは驚きから愉快そうな顔を向けていた。不愉快でないのか?
「それなかなか自然でいい感じですよ。よく考えてみると龍の間であの人を差し置いてあなたから敬語や敬意を向けられるのは結構に不自然でしたね。あっそれで彼氏役が上手いかって? そうですかね? まぁあの時は他に代役がいなかったのであなたにしただけですよ。成功かどうかは関係なく。計画通り動かないし最後の地元民による祭りとマイナス点が異常でして減点法でしたら評価対象外となりました」
弄るような言い方にジーナは顔をしかめるとシオンは前を見て息を吐いた。
「けれど、あの後にお説教などがなかったのは、帰りの馬車の中でヘイム様がバザーの様子をかつてないほどに饒舌に語っていましてね。つまらなそうにです」
聞いてジーナがしかめっ面から真顔になるとシオンがその顔になるのを狙い望んでいたように噴き出した。
「なんですかあなた。もしかしてショックだとか?」
「いや、その、もしかしてではなく、ここは普通はショックを受けるところではないですか?」
「だってあなたじゃないですか? ジーナはヘイム様がどれだけ辛辣なことを言っても平気そうな顔をしているのに、衝撃を受けるとかおかしいですよ」
おかしいのはその考え方だとジーナはニヤニヤするシオンを見ながら思うも、一理あると気づいた。なんでヘイムの反応で衝撃など受けるのだろうかと。
「仕事だからですよ。あの日は私はそこそこに頑張りましたしシオン様の命令通りに」
「様を訂正しなさい」
「はい。シオンの命令通りに仕事だから楽しませようとあれこれ気を使いましたのに、それなのにつまらなそうだなんて」
「あなたから見たヘイム様はバザーを楽しんでいたと思うからそういうわけですよね?」
夢中となっていたためにいつの間にか庭を回るのが二周目となるもシオンもジーナは分かっているも敢えて足を止めなかった。
シオンの問いにジーナはあの日を思い出すと、それは遠い過去でもないのに一つの完成され閉じ込められた世界でもあるように、思えばすぐに頭の中で再現されそこにあり現れ、開けばそれがどこにあるのか詳細に拾うことができた。ヘイムのナギの一つ一つの言葉に表情そしてその空気。
「楽しんでいたと、思います」
声が大きくなるもシオンは平然とした顔ですぐに返した。
「楽しんでいる振りをしていたとは想像できませんか?」
ジーナは足を止めシオンを見下ろし時間をかけ我慢と自制というブレーキをかけながら口を開く、それでも怒鳴り声となった。
「何も知りもしない癖によくそんなことを」
「では、あなたは知っているとでもいうのですか? ヘイムの心を」
知るはずがない、とジーナはすぐに思うと膨らんでいた怒りの感情は風船の如くに萎んでいき、しばし無言のままシオンは時間を置き、話す。
「言葉が過ぎましたね。ところでジーナはジーナであの時楽しんでいましたか?」
それは、と記憶の引き出しを開けその時の感情を探るも、見つからずそもそもそんなことは分かり切っていた、大体においてあの時の私は。
「仕事で大変だったから楽しいとか苦しいとかそんなの覚えていない、そんなところですよね。それは当然のことですよ。あなたは護衛なのですから」
一気にその心をシオンに説明され頷くとまたシオンは策に嵌った動物を見るように微かに笑った。
「そんなあなたの一生懸命さにヘイムが察しないわけないでしょうに。多少のつまらなさは大目に見て楽しげに振る舞ったりするものですよ。礼儀ですよ礼儀。下のものにもきちんとする御方ですからね」
言い切るとシオンは歩くのを再開し棒立ちとなっていたジーナは慌ててあとを追いかけだした。そんな必要はあまりないというのに、走って。
追付くとすぐ会話も再開するかと思いきやシオンは語らず黙ったまま歩く。ジーナは不審に思いながらも歩くが考えれば考えるほどに段々と堪え切れなくなり、嫌な気分のまま自ら先に口を開いた。
「それでは、つまりは、私はシオンの命令を守れなかったということですね。楽しませずにつまらない思いをさせた。だからシオンはその後は一切そのことに触れなかった……このことを伝えたくこうして一緒に歩く、以上ですかね」
ジーナは早口で言うも、何もかもがすっきりしなかったしジーナには納得できなかった。だけどもうこんな話は終わらせたかった。だがしかし
「残念、ですか?」
嘲笑じみた声でシオンが追い打ちをかけてきてジーナは反射的に声をあげた。
「残念ではありません」