肯定し否定する・愛して憎む戦い
更に一歩ジーナは踏み込みルーゲンを揺さぶった。わけもなく揺さぶり、その表情を変えさせてみたかった。どれほどならこの人は、と見るとルーゲンの顔が厳めしくなりその両目でもってジーナを睨み付けてきた。
「つまり君はソグ僧団とはこちら側の龍を真の正統なものとするべく大義名分や理屈や論拠を飾りたてさせるための存在、と言いたいのですかね? なるほどこれは侮辱であり到底許せる言葉ではありません。このことはバルツ殿に知らせ厳正なる処分を降せるよう協力を要請することといたします」
完全なる通告であるというのにジーナの心には何も届かず響かず、またどこか吹き出しそうになるのを堪える気持ちにもなっていると、ルーゲンは微笑む。
「こらこらジーナ君。見抜いたにしても少しは動揺する演技ぐらいしてくれないと僕が道化じゃないですか。まぁとにかく今のは君の負けですよ。どこまでやれば僕が怒りだすかを試しているようでしたか、これぐらいではなんのなんの。だいたい君は外側の人間ですし無知ゆえのそういった発言は許容してしまいますよ。まっ他の貴族の連中やらが生意気にそう言いましたら徹底的にやり返しますけどね。矛盾と言えばこの僕があなたのような存在を受け入れるというのも、そうですねその通りですよ、そう」
机の端から菓子皿を取りルーゲンは前に置く。この動きは何であるのか分からずにジーナは焼き菓子を一つ取り待つも話しは始まらず、齧ると同時にルーゲンが話し出した。
「この戦いは龍を肯定しながら龍を否定するという矛盾性を抱えている以上、あなたを必要としている点では僕も同様です。その矛盾を担うものもまた矛盾を背負っていなければならないかもしれません。つまりは、君という信仰していないのに戦うものの存在が最低でも一人いなければね。君の戦いがこちらのが真の龍であると証明していくのですよ。たとえ信仰が無くてもね」
「そのおかげでこうして助けていただき生き永らえるのですから、良いことでもありますね。
けどルーゲン師は一人でもといいましたが、それは違います」
思わぬ反論にルーゲンは前のめりになるがジーナはごく軽めに返した。
「二人はいりません二人は多すぎる上に危険です。私一人だけがその役目を担えばいいのです。あの御方もそれをご理解しているからこそ、私の命が繋がれたのでしょう」
「そうか、それが君の龍身様訪問の感想か。そうだとしたら同感であるけれど、しかし君が一人だとしたら武運が尽きて討たれた場合には」
「そうしたらどこかからこの私の役目を継ぐものが現れるのでは? 私とはそのような存在であるはずですし」
机で以って隔ててある二人の間になにか冷たいものが横ぎったような気がしルーゲンは首を振り苦笑いを浮かべた。
「それは言い過ぎだが、時代が時代です。何が起きてもおかしくはないけれど、僕としては君の活躍と命の両方を願うばかりだ。できの悪い生徒であり不思議な友である君をね」
そういうことだ、とジーナはルーゲンと話をしているうちに心が晴れていくのが分かった。途中で心臓が痛くなるも、それを乗り越えたと。
あの人がああいうことをしたのも龍を討つものが自分であることを見抜き、そして利用するために命を助けただけだとも。
そうだそういうことだ。他に他意などなくその一点であり、そうであれば全ては解決する。自分の心も迷いも、なにもかもが。私は純粋さを取り戻しあの頃に戻れる。あれと出会う前のあの頃に。
「ジーナ君。傷が痛むのですか? これで拭きなさい」
ルーゲンが手巾を取り出し渡してくるのでジーナは意味も分からず受け取るが、その時自分が涙を落していることに気付いた。
またこれだが、どうして? と思い、そうだ傷が痛むのだと言い聞かせながらジーナは顔を拭い、ふと何気なく尋ねた。
「すみませんどうも痛くてですね。そういえば私が遠足している最中にヘイム様になにかございましたか?」
今度はルーゲンの方からなにかが落ちた音が聞こえた。だがその右手にはコップがあり左手は机の上であり、静止した状態でありジーナが聞いた音が聞こえていないようであった。
いまのはなんだと思うとルーゲンの声がどこか欠落し崩れているのがジーナには分かった。それもほんの少しの違いであり、また決定的なほどに違和感が生じるというように。
「あの、あの御方になにかございましたか?」
「あっはい。特になにもありませんでしたね。いつものようにお変わりなく、学び話され歩かれそう、なにも変わりなく」
ルーゲンの眼はまたおかしな色となりジーナを見るも、すぐに元に戻り書類を手にし講義を始めようと動き出した。ジーナはいまの反応とそして自分の言葉と返事を思い返しながら、しばし身動きが取れずにいた。