ここは私の場所だ
その言葉と間合いの取り方はそれぐらいの警戒心と不信感を抱いているとの証であるも、男は激昂どころか一切の感情を示さずにブリアンを見る。まだ完全な金色ではないその黄緑色の光りで以って。
「詳しくは話せないが安心しろブリアン。ここは私の場所だ。私のみが関係する場所だ。もしも危険があるとしてもお前には危害は加えられない」
なにを言っているのかブリアンには分からなかったが、ここはそういう場所であると宣言をされ恐慌状態は一時的に緩和したのは間違いなかった。
アルの言葉通りこの世のものではなく違う世界のものであるのなら、この不安感もこの不明感も納得ができる。そう考えなければ闇に取り込まれてしまう気がする。
無音無風無臭そして無明の空間がジーナが関係する場所であるというのなら、ブリアンはまた理解できるとも思った。
最近は……そう龍の護衛となってからはあまり感じなくなったが、それ以前のこの人の虚無的な雰囲気、故郷を失った追放者のような決して語りたくない過去を持ったもの特有の暗さ……もっともジーナの隊とはそういう連中の吹き溜まりでもあるが。
ここに懐かしさを感じたとしたらそれであり、だからあんなに頑なにここに人を近づけさせず一人で入りたがっていたとしたら、ではどうしてそんなところに入らなくてはならなくなったのか?
廊下は案外に長いのか慎重に歩いているためかそれとも先が見えないためか分からぬまま進んでいく。ジーナはゆっくりとは歩くが途中の扉に足を止めず、目もくれない様子をブリアンにはこの人は目的地がどこかを知っていると分かった。入るべき扉を、知っている。
そうしているうちにどん詰まりの奥の壁に突き当たりジーナは足を止めた。現れた左右の扉をブリアンは見た。
この人はそのどちらに手をかけるのかを見守るが、動かない。思考しているのかうつむき、微動だにしない。ブリアンは声を掛けようとした時に、気づいた。
これはあれだなとブリアンは見当がつく。こちらが右と言ったら私は左に行くと単独行動をするための停止だな、と。
しかしそれは決して罠ではなくただ単に自分が邪魔だということに対しての動きであるために、それならそれで受け入れたらいいはずなのであるが、しかしブリアンは動いた。
「一緒に左の部屋から入りましょうや、一緒に、いいよな」
答えを聞く前にブリアンはドアノブに手をかけジーナを、見る。暗くて表情はよくは見えないが、その瞳の色だけははっきりと見えた。
それは薄黄緑とはもはや言えず、完全なる金色であった。ブリアンがよく知るその色、戦場の光、合い対峙し戦ったものたちが死ぬ直前に見る輝き、血塗られた金色、命を喰らい敵を討つものの滅びの光。
「分かった一緒に入ろう。まずは左からだ」
意外なことにジーナは拒否をせず了承し、ブリアンはドアを押し中を伺った。そこには闇ばかりが、更に深い暗闇が広がり足元すら見えてはいない。ブリアンが足を入れることを躊躇していると後ろに立ったジーナが聞いてきた。
「なにも見えないのか?」
するとあんたには見えるということか? その金色の眼ならと思いながら答えた。
「闇しか見えないな。そっちは何か見えるのか?」
「……奥にベットが一つあるだけだが、お前が入りたいのなら付き合うが」
ブリアンは冗談じゃないとばかりに首を振り扉を閉めジーナを見ると暗くて見えないというのに嬉しそうな顔をしたように感じられた。
次は右の扉をジーナが開きながらブリアンに言った。
「こっちの部屋には光があるかもしれないな」
光!? と言葉にする前にブリアンは扉の隙間から内部を伺うと同時に扉を開けそこに向かって飛び出していった。
窓が微かに開かれているのか光が入り込んでいる。ブリアンは無我夢中でその光線に顔を当て浸った。
これなのだと瞼を閉じても瞼の裏に入り込み防ぎきれない溢れるような光の量。これこそがここではない外の世界であるのだと。
こんなにほんの少しのものであってもどれだけ求めどれほどありがたく、どうしても思い知らされる己の飢え。
自分はここまで渇望していたのだとブリアンは気付きいつまでもその中にいたかったが、そうではない、そうしてはならない、じぶんはいま、と瞼を開けようかとすると声がかかった。
「ブリアン、私はそのあたりには行けないから光の周辺の捜索を頼んだ」
申し出にありがたいとブリアンはもう少しだけ光の温かみに浸りながら考え出した。光があるかもしれないと言ったが、あれは元からこの部屋には光があると知っていた? だからはじめに暗黒の部屋を見せて引き返らせ、その次にここに来て闇に怯える俺がこうすると予測済みで……それに何だあの言葉は?
私はそのあたりには行けない、私はその光のところには行けない……それならあんたはどこに行くんだ?
「ジーナ隊長? おい隊長! 返事をしてくれ!」
大声を出すも声は闇の底へと吸い込まれ周囲には完全なる無音に満ち言葉の真意を捉えたブリアンは急いで瞼を開くも、一際強い光によって目眩を覚え床に倒れ転がった。
床には大き目の毛布が敷いてあったのか身体に痛みが無かったが、眼は光にやられ呻きながら頭を動かす。
あの人は、この部屋を出てどこかに行った。どこだ? どの部屋だ? いいや考えるな、もう分かっているはずだ、お前はそこを知っているとブリアンは抑えていた手を離し前を見る。
隣のあの闇の部屋だと。




