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あんた、誰?

 人が住んでいる様子ではとてもないなとブリアンは朽ちかけた入口の扉をそっと引きながらまず思った。


 中からは人の気配は感じられず、また最近も出入りした感じはしない。薄暗い玄関から続く通路は無音に包まれ過剰なまでの静けさがそこにあった。闇が音を殺している。音もまた命のひとつなのか?


 ブリアンは振り返るとジーナが隣に立っている。中に興味がないのか覗こうともしない。崩壊寸前の扉の前に立っているだけ。緊張感はまるで伝わってこずあまりにも自分とは対照的。


 いつも以上に無口であり存在感を失いそうになるほどの静寂なジーナ。それはいま覗いたこの建物と同じようだとブリアンは何故か連想しているとジーナが動き出し扉を大きく開いた。


 ブリアンは呆気にとられ恐怖心から抗議しようとすると手で制せられ小さな声でたしなめられた。


「中の空気を乱すな。入るのなら大きな音を立てたり叫んだり荒々しい行動や負の感情を撒き散らすのは厳禁だ。ブリアン、これを守ると言え」


 ジーナの瞳は黄緑と黄金の中間の色に輝きブリアンを捕える。どこか濁り純粋な輝きになれないその光。強制的な力が加わったかのように反射的に頷くなかでブリアンは思う、この注意とはなんだろうか? まるで中に人が病人がいることを前提としているようで……


 押し退けられるようにして先にジーナが入りブリアンが続く。目が慣れさせるために闇を見つめると次第に見えてきたものの、闇は以前として濃いまま。廊下の先がまだ見えないが、この雰囲気であるのにどうしてか埃っぽくもなく、また汚れているようでないのが逆におかしく感じられた。


 人の気配が絶無であるのにこんなに綺麗なままでいられるはずもないのに。誰かがいる、いなければならない。それにしてもこの懐かしさはなんだろうか? ここは自分とは無縁の場所であるというのに。


「ジーナ隊長。さっぱり気配は感じないがこの中に誰かいるんだろ」


「分からない」


 その答えが嘘や誤魔化しの声でないことがブリアンにとって驚きであり苦痛であった。不可解さがないぶん嘘であるほうがどれだけ助かったか。


「確信はないが、予感がある。いまはそれだけしか言えない」


 分からないのにどうしてそんなに容易く無防備に歩いて行くのだろうか。予感しかないのに何故危険を顧みないのか、自分はなんでついて行くのか。


 すべては不明のまま奥の闇へと引き寄せられ吸い込まれるように歩いて行くとあれがきた。


 敵陣地に潜入した時や敵と対峙する前に抱く恐怖心が背中のすぐ後ろに纏わりついてくる。

 あれは戦う瞬間に胡散霧消する偽りのもの、心のもの、存在しないものだとブリアンには分かっている。


 それなのにこの家にいる時に同じのをかかるとは。足に力が入らない、というより地に足がつかないこの浮遊感はなんだろう? 足音すら聞こえないこの廊下の床を確かめるためブリアンは一度蹴ってみる。


 音がした気がするもそれは自分の耳にしか聞こえていなのでは? 想像による音でしかないとするのならここは現実か夢か、夢であるのならそうであるのなら、このジーナ隊長は違うのでは?別人であり……それ以外であるのなら。金色の眼をした、俺の知らない存在だとするのなら……


「あんたは、ジーナ隊長なのか?」


 ブリアンは不安の極限状態のなかで前を歩く男に尋ねると、男は前を見たまま立ち止まり、ゆっくりと振り返り始めた。


 普通に振り返る動きであったがブリアンにとっては自らの運命がかかっているとの認識における、その永遠とも思えるほんの一刻のことであった。


 振り返ったのは知っているジーナの顔であり、その顔は見えにくいものの予想していたもの以外のなにものでものなく、その闇に浮かんでいるようにさえ見える瞳もブリアンにとってギリギリのジーナとして踏み止まっているものだと認識できた。そうであるからこそ困惑と不安は消えない。


「ブリアン、いったいどうしたんだ?」 


 あんたこそどうしたんだ? とブリアンは狂気に駆られて腰にさげている剣に手を触れないようになんとか自制し、訴える。


「ここに来てから、いや、あんたのあとをつけ始めてから戸惑いが止まらないんだ。これは、ここはなんなんだ? あんたは落ち着いているが俺は意味不明なんだよ。足も竦むし不安でいっぱいになる。あんたはもしかしてここをよく知っているんじゃないのか? だからそんなに落ち着いていられるってわけで」


 眼の前の存在が怪物となり自分に襲いかかってくるかもと予想したのかブリアンは自然に足を一歩引いた。


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