不審な建物を発見した
一行は枯れすすきの野原を延々と歩き続けた。初冬の色、滅びの世界が眼前に広がっている。偵察活動、侵入者を発見せよ。
しかし辺り一面には人影どころか人がいた気配すら見当たらず時間が経つにつれ遠足じみた雰囲気となっていく。
緊張感も続かずにポツポツと雑談が増えジーナが注意をするも途絶えても、しばらくするとまた始まりまた注意しての繰り返しのためにジーナは歌を歌うことにした。
それならばと隊員たちは歌い出し偵察なのか行軍訓練なのか分からないような雰囲気のなか、分け入っても分け入っても変わらぬ枯れすすきの世界を彼らは進んでいく。
軍歌であるシアフィルを讃える歌が終わると次はソグの歌となり、歌えるものがいる一方で歌詞があやふやなものが混じり歌の調子が狂いがちなためにアルが先頭となって歌詞を確認しながら歌いだした。
だが龍の部分となるとジーナはこれ以上我慢ができずに口をつぐみ、思い返す。
そうだ私はそういう存在なのだ、と。
そんな存在であるためか今日はやけに胸が苦しいな。胸騒ぎがする、誰かが咎め立てている……
歌も苦しみのもとだと判断したジーナは歌うのをやめさせ小休止の合図をとった。
ジーナも隊員もこの時は思った、これはもう完全にピクニックであり、村に戻ったら酒盛りや踊りなどして遊ぼうと。
「あまりにも緊張感がなさ過ぎてきついぜ。これだとかえって敵が出てくれた方が助かるってやつだ」
ブリアンの軽口に場が笑い声で湧いたが、ジーナだけは笑わずにすすき野原の彼方に目をやっていた。
「隊長さんはそうは思わないのか? 凄く暇だってさ」
「暇であるのは敵が発見できないからだ。出てくると思ったら暇だなんて思わんよ」
「おぉそうだともそうだとも、でもよぉ出てくるとは到底思えないよな。そもそも話の前提がおかしいんだぜ? あり得ない侵入者かもしくはあのソグ山の戦いを生き抜いてこちらまでやってきて今まで過ごしているだなんて、ハハッ笑えるよな隊長さん」
振り返るジーナはブリアンの透き通った笑みを見る。
「だって全員追いかけて討ち取りまくったもんな。俺もそうだが主にあんたがさ」
「そうだな。だけどその話は止せ。もう終わった話だ」
「立派な武勲でしょうが。それで龍の護衛になれたんだからよ。あの最終的な追撃戦で残敵を完全に討ちまたは追い払ったからソグ山戦からこっちに敵が残っていないんだ。負傷と降伏による捕虜、それ以外は戦死逃走凍死。完勝だよ完勝」
機嫌よく透明な笑みを浮かべていたブリアンが突然濁り歪んだ笑みへと一変する。
「それが村人の臆病心が生んだ幻覚から敵がいるだなんていうその訴え! 俺は話を聞いた時からムカつきが止まらないんだけどよぉ、俺でさえそうなのに隊長さんはなんで普通なんだよ? 俺にはわかんねぇ」
怒りを共有せよというブリアンの言葉に対してジーナは表情を変えずに答えた。
「ブリアン並びにみんなの健闘を否定するつもりは全くないが、私はあの時ただ前に行こうとしていただけだ。その途中に立塞がる敵を倒し続けた、それだけだ。それを否定されても、何も思わない」
わかんねぇなといったように髪を掻きながらブリアンは聞いた。
「大将首でも狙っていたのか? それなら兵隊相手の戦いなんざ興味が無いだろうけどよ。でもあの状況で敵将を討つなんて絶対に不可能だったろうがな。いくらジーナ隊長だとしてもよ」
ブツブツとブリアンが言葉を続けようとすると途切れ、彼は見た。ジーナの眼の光を。その薄い金色の瞳を。身体が痺れたように動かない。
「まぁそんなものだな私も少し休もうかな」
二の句が継げず頷くブリアンは息を呑み、その金色の光が消えていくのを見ながら思い出した。思い出さざるを得なかった。あのソグ山の戦いにおけるジーナの瞳の色を。それは今と同じ色をしていたと。
どうして今、その光を? 今の会話で、何だ? 俺は何かを言ったというのか?
ジーナ隊は初日の偵察はそのまま終了し二日目の偵察も初日と変わらず何も発見せずに終わり、三日目四日目そして五日目の最終日もなにもなく昼を迎えた。
「収穫はゼロですけれど、これで帰らざるを得ませんね」
アルが報告書を書きながらそうまとめるとジーナも頷いていた。
なにも無かった、これで良いという意味であろうがブリアンはそれを見て不審さを覚えた。隊長は何か引っ掛かっていると。ゲレンデも隊はそのまま予定通りに帰る動きとなり中継点に戻ることとなるが、その途中での休憩時間中にジーナは動き出した。
「アル。すまないがちょっと出かけて来る。しばらくここで待っていてくれ」
「出かけるってどこにですか? 休憩が終わったらもう例の中継点まで一直線なのですよ。何か発見したのなら隊で」
「いや、そういうことではないんだ。ちょっとした野暮用でね。休憩時間が終わるまでには帰って来る」
アルはそのジーナのその異様な雰囲気に寒気が走った。その表情はいつもと違い声すらもどこかおかしかった。まるで隊長でない何かがいるようで。
「僕は反対です。そんな勝手なことは隊長自身が禁じているはずですよ。それなのに自分がするだなんて、あなたらしくもない」
「まぁそう言うなよアル君よぉ」
立ち聞きをしていたブリアンが二人の間に入った。ジーナは嫌な顔をしたがブリアンは笑顔を作り、言った。
「隊長にも色々とあるんだろうよ。ここは俺がついて行くということで二人一組の偵察隊となる。そうすれば違反ではないだろ?」
ジーナは驚いた顔で止めようとするがブリアンは手で制した。
「そうは言いますがねブリアン。それは違反ではありませんが二人一組だって僕はちょっと」
「だったら三人で行こうぜ。お前も来れば文句はあるまい。それ以上駄目とか言うなよ、でないと隊長は一人で行っちまうからな」
アルは二人を見回しブリアンの顔の険しさとジーナの深刻そうな顔を見て息を吐き報告書に新たな文章をつづった。
「久しぶりに違う表現のことが書けるのは嬉しいのが複雑ですね。ではノイスにここは任せて三人で行きましょう。えーとジーナ隊長としてはなにを見に行くつもりでしょうか? 報告書に書いておかないといけないので」
「……不審な建物を発見したと、書いておいてくれ」




