ジーナは結婚しないとのことらしい
「こうして二人は永遠に離れることなくいつまでも末永く幸せになりました。こう締め括られたらどれだけいい話でしたでしょうね」
「よしてくださいよルーゲン師。それじゃあ私の人生は終わってしまいます」
例の講義中であったがバルツ将軍は会議のために抜け出したために講義室にはジーナとルーゲンの二人だけであった。そのルーゲンは早めに講義を切り上げ、昨日のバザーについて尋ね、そのおしまいまでジーナは語り終わった。
「とは言いますがジンという男はそこで人生の絶頂を迎えたのではありませんかね。婦人と結ばれ祝福される、それは平凡かつ偉大なことですよ。僕は羨ましさを感じてしまいますね」
感心しながらそう感想を述べるルーゲンにジーナは戸惑った。それは彼のその仕草と声が冗談に軽口もしくは演技ではなく、心の底から慨嘆であり悲しみを響きが聞こえたからであった。
「僕がこんなことを言うのが意外ですかね」
大きさが微妙に違う両目で以ってルーゲンは見つめながら悪戯っぽく笑いジーナも釣られて同じ調子で返した。
「それがお望みならそうなされては如何でしょうか? ルーゲン師が望まれるのならすぐにでもでしょうし」
「いやいや僕は駄目ですよ。婦人に好かれる質ではありません」
「いえいえ御冗談を。あなたがそれなら私や他の男はどうなります」
「いやいや君はできますよ」
「今日のルーゲン師は御戯れがすぎますね。私がすぐにできるってそんな馬鹿な」
と普段の扱いを思い起こしているとジーナは辺りが暗くなったと感じ見上げると、ルーゲンが窓を塞ぐように前に立ち影を作り指を自らの目に当てる。
「君の言う通りだとしたら世の御婦人方の眼は著しく歪んでいるのか、あるいは見えないかのどちらかであり、もしくは君の認知が歪み、または不明になっているのかもしれませんね。瞳は心の窓と言われその瞳に映る世界は、人間の認知の反映ともいえましょう。つまりこのように窓の前に何かが立塞がっているのならこのように室内や、心は暗闇に覆われるのです。それでジーナ君。君にとっての心と世界の境にある窓辺に立っているものとは、いったいなんでしょう?」
闇が充実してきているのかルーゲン師の顔が見えなくなってきた。私と世界の間にある何か? 何かとは何だろう? そんなものは無く、私は今の私で、もう、間には何も……考えていると窓辺のシルエットが、変わったような気がジーナにはした。
ルーゲンのではなく、それは彼自身がよく知る、今この場では有り得ないものであり、それを見てジーナは叫びにも似た声をあげた。あなたはあいつではないはずなのに! 出てくるとでもいうのか?
「ルーゲン師!」
叫ぶとシルエットは驚きで揺れ瞬き一つでその姿はルーゲンのものとなった。もとに、戻った。
「あっ失礼いたしました。そのルーゲン師で影になって暗くなってですね」
慌てながら言うとルーゲンは窓から離れた。
「怖くなりましたかな。けれど僕が影となって、ですか。ハハッ面白いですね」
何が面白いのか分からないが、ルーゲンがどいたことによって光が室内に入り息苦しさが緩和された。だがどうして今日に限ってこんなに闇に慄くのだろうか? 闇がいつもよりも濃いとでもいうのか?
「ジーナ君は女の人に振られた経験はありますかね」
天気の話をするように窓の外に顔を向けて聞いたためジーナは軽く答えた。
「西はこちらのようにまでは自由ではありませんが、似たような経験はもちろんあります。謙遜なさるルーゲン師には関係ない話でしょうが」
またそう言う、とルーゲンは笑いながら振り向き近づいてきた。今日はやけに明るいなとジーナは思った。同時に辺りの闇も強い。
「君は僕が女官や貴族令嬢らに好意を向けられてることを言っているのだろうけれど、自分の望む人に望まれないかぎり、その他大勢から好かれてもなんの意味がありましょうか? 僕はその一点が欠けている、決定的にね。だから私は駄目なのです。そういうことですが、お茶を飲みますか?」
いつの間に用意したのかルーゲンの手にはポットが握られておりジーナはありがたく茶を注いでもらった。
「するとルーゲン師のはいわばお茶が飲みたいのにお菓子ばかりが机の上に並んでいる状態のことですかね」
「いいですね。たまに見せる君の機知が僕は好きですよ」
「私ならそれでも一向に構いませんですよ。唾が出ますから渇きはそれで癒します」
「僕は口の中が乾きやすいので、窒息死してしまいますよ」
では、とジーナは口にし茶を一口いただいた。この人の淹れる茶が一番旨いなと呑むたびに思い、呑むたびにこの人は私となんで茶を呑んで雑談したいと思うのかも不思議であった。
「もしも茶が手に入らないと決まったらどうしますか? 我慢してお菓子を食べる他ありませんよね」
ルーゲンは苦微笑みをしジーナを見つめる。左右不均等なその眼、美しく整った顔の中の歪さ、それを以てルーゲンはジーナには告げる。
「ならば座して死ぬまででしょう。そこで僕は妥協を致しませんよ。最も僕は今まで自分のことに関しては妥協ということをしたことがありませんけれど」
「人はお菓子のみにて生きるにあらずですかね。なんとも情熱的なお話で」
いやいやとルーゲンは手を振り茶を一息で飲みながら言った。
「全然違いますよ。正反対だ。これは冷徹かつ現実的な話に過ぎません、というよりもそれ以外の選択肢は僕たちにとっては敗北なのです。このような時代を迎えその役目を担ったものにとってはね。それで君はどうなのですか?その場合はお菓子を食べると言いましたが」
自分のコップに茶を注いだルーゲンがジーナの傍に寄り茶を注ごうとする。
「本当にそうなのですか?」
だがジーナはコップの上に手を添えた。
「その例えを続けるのなら、私のお茶はもう片付けられてしまいましたよ。もうその手のことでは、私は終わった男なのです。茶は失われ、器がもう壊れてしまっている。つまりここにいるこれは、そういう存在と言えましょう」
「では君はもう結婚はしないとでも?」




