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そんな恐ろしいことはおやめください

 相変わらず酷いなと男は溜息をつきながら言葉にはせずに首肯すると主も嘆息する。


「なるほど。その出来るだけ安いというのもアルの意見でしょうね。あれは昔のまま女嫌いでしかもこじらせているのか……よし、こう致しましょう、お客様はいまおいくらお出しできますでしょうか?」


 いくらってこれは自費で買うつもりであったから自分の財布を取り出し数えようとすると、

主が数字を口にし中身の額と上二桁の数字が当たっており男は驚いた。


「チラリと見えたのと厚みですね。そんなことよりもお客様、いま所有の全金額でその御同僚さんに指輪を買うことをお勧めいたします。この中から、どうぞ」


 主が大慌てで隣のショーケースから宝石棚をとりだしにかかるが男は混乱する。なんでそんな高いものを買わないといけないのか?


「待ってくれ。私は別に買うとは」


「複雑そうですし詳しい御事情はお聞きしませんが、この場合は決して極端な差をつけてはなりません。エライことになりますよ。とはいえ白光と釣り合いは無理でしょうが近づけることは可能です、最善を目指しましょう」


「だから待ってくれ。あの値段は私にとって大金だ。それをこのような形にされるのは」


「お客様はその御同僚の方とは今後仕事の付き合いは長くなりましょうか? 関係は続くと?」


「それはもう。彼女がいないと困ったこともありますし、これから先もこの関係が上手く続けばいいと思っていますよ」


「でしょうね。でしたら安い指輪など買うべきではありません。それにもしも真実に代理の買い物でしたらそんな安物を買うのは良くないでしょうし、後日奥様は白光の指輪をみんなの前にお披露目をしたときに、その御同僚の方のお気持ちを考えましたら、二度とその関係は取り返せなくなりますよ」


「なっなんだと? しかし見せびらかすってそんな……比べたりするのか」


「人に見せなければなんのための宝石と美ですか大金ですか。比べますとも、虚飾こそが人の楽しみなんですから」


 破滅するから絶対に買えという圧力の前に意味は分からないまでも怖さを覚えた男は屈し、諦めて前に出された宝石の箱を覗き込む。


 まさに多彩な光が眼前に広がり綺麗ではあるがどれもこれも美しいからなにを選べばいいのか分からなかった。こうなるとどれも一緒じゃん。


 だから安いのはどれかなと視点を変えてみようとすると、一つに目が留まり声が出る。


「おっ」


「早速お見つけになられるとは、やはりあなた様も良き眼をお持ちなようですね」


 男が目を引いたのは茜色の光であった。あのハイネとの会話の最中に変わる瞳の色。普段はそんな色ではないそれ。


 あの色を彼女は知っているだろうか? 知るはずもないその色。そして私はその色彩を正確に伝えることは可能だろうか? 言葉が足りないし見本もない。だがその色はいまここにある。何度も見た自分だからこそ分かるのかもしれない。あなたは私と話している時、ときたまこんな瞳の色をします。


 けれど私はその色の意味を知らない。本人なら、知っているのかもしれない。それは確かめたくなることだ、と。


「私にとっての彼女のイメージカラーがその色になるな。ちょうどいい。他はどれも綺麗で選びようがないが、その色なら選べる。というかこれしかない。それでこの石はどこからのものなのだ?」


「これもまた山のものでありまして。ここまではっきりと色がつくのはとても珍しく他店には無く、まず当店にしかないでしょう。お客様がこの店にお越しになられたのもアルを通じての運命といえるものでしょうね」


 如何なる運命であろうかと男は宝石を手にとり見る。茜色の光りを見つめるとまず言葉をそれから顔を思い出し、その時のハイネがそこにいる気がしてきた。宝石の輝きを見るにつけ、なんで私がこんな大金を払ってと言う感情はその煌めきの中に吸い込まれていくような、一つの魔力に呑み込まれていくのを感じ、元に戻した。


「こちらもお願いいたします。ああ左手になりますが薬指のサイズなら彼女のは妻のよりも気持ちちょっと太めです」


 主は宝石を手にして急にまた固まった。よく固まる人だと男は不思議な気持ちになる。それから主はまた瞼を閉じ黙考しそれから二度頷き微笑んだ。


「いやぁ詳しくて助かりました。利き手で左右の指のサイズは変わりますからねハハッ。とりあえず工房のものに伝えておきます、はい」


 果たして何を考えていたのか分からないまま男は改めて主に料金を支払い物が完成するまで待つも、その間も女は近づいてくることもなく主もアルのことで話し始め男を離さなかった。まるで何らかの意思が働く空間となっており、互いに目を送ることが禁じられているようであった。


やがて指輪が完成し二つの箱が届けられ男が二つとも懐のなかに入れようとすると腕が掴まれた。見ると怯えた表情の主の顔があった。さっきからなんなんだこの男は。


「そんな恐ろしいことはおやめください」


 主の震え声に男は抵抗する力を失った。しかし私のどこにそんな恐怖を起こさせるなにかがあったのだろうか? 怖いのはこちらだ。


「失礼を承知ですが、あなたはどちらの箱に何が入っているのか確認しませんでしたよね? そして同じところに仕舞われましたが、これから取り出して奥様にお渡しする際にどっちがどっちだかお分かりになるのですか?」


「いや、まぁ勘で取り出すかな。間違えていたらやり直せばいいし、確率も二分の一だからそこは大丈夫では」


ブルブルと主を首を横に振り腕に力を入れる。どうしてそこまで必死に?


「あなたはアルの隊長としてたいへんな信頼を受けておられるし、そのご人格も優れていると私には分かりますが、恐ろしいことをしがちな運命を背負っているとみえます」


 結構にいい目をしているな流石はアルの親戚だと男は感心する。


「ですからそうして同じところに入れましたら、あとで絶対に間違えた方を奥様にお渡ししてたいへんなことになります」


「だから間違えたなら取り変えればいいのでは」


「ですからそんな危ないことをしないでください。奥様を天上から奈落へと落ちてしまいますよ」


 やけに不吉なことを言うなと男が首を傾けている隙を狙って主は懐に手を入れ探ってきた。


「良いですか? こちらの奥様用の箱は左懐にお入れ下さい。っでもう一つのこちらは反対側の右懐に。これでお忘れにならない限りは間違えず、平和が約束されます」


「あっありがとう。それなら確実に正しく渡せるから安心してもらいたい」


「こちらこそご感謝いたします。それと念のため申し上げますが茜光の方は奥様に話されてはなりませんよ」


「どうして?」


 主の顔が苦し気に歪む。私は普通にしているのにどうして主はこんなに辛そうなのか? もしかして持病持ちなのかなと男は思った。


「ああっと……要はですね話すと奥様はおへそを曲げられて拗ねる可能性が高いかと」


「むっ理由はよく分からないが不機嫌になられると至極面倒で困るからやめとこう。黙っておく」


 励ますように敢えて素直に請け負うと主の顔が笑顔で輝き抱き着いてきた。離れてからこれでようやく完了だなと安心しながらここでやっと男は女に近寄り声を掛けると女はお喋りを止め振り向いた。


「終わったのか? では出ようか」


とそれ以上はなにも聞かずに男の手を取り扉を開いて外に出た。その際に見送りにきた主に対して男は感想を漏らした。


「不思議なものだ。こんなに散財したのに少しも苦しさを覚えないんだ」


「それは良い買い物をした証拠ですよ。またのお越しをお待ちしております」


または来たくないな、と男は心の中でそう思った。

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