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今までお世話になりました

「おはようございますジーナ。本日も良いお日柄で」


 明くる日の昼前に門を抜けるとそこにはシオンがおり、わざわざ出迎えてもらうもジーナには嫌な予感しかしなかった。いつもここに来ると嫌なことしか起こらない戦慄の館、そう龍の館。


 私に対する罰としては最適かつ効率的な施設であるうえに、ここから外に出ても関係者が苦しめにわざわざやって来るという意味で恐怖以外のなにものでもなく、眼の前にいる美青年風の女騎士も強敵である。警戒心を抱き心の中で身構えていると、シオンは寂しげに笑った。


「すこし時間をとらせていただきます。こちらへ」


 命ぜられるがまま憂い顔の騎士の後ろにつき一言もこちらから話しかけずに歩き、溜息の回数を数えていた。五回程。池の周りに到達し六度目はまだかと待っていると、溜息を吐く前にシオンが言葉を出してきた。


「その頬の傷の件ですが……加減は如何でしょうか」


「特に問題はありません。キルシュに薬を塗って貰ったおかげで昨日よりよくはなりました」


 嘘は、ついてはいなかった。今朝になってキルシュが不機嫌ながらも少しだけ会話が可能になったのを見計らい、薬の件を頼み塗って貰ったのだから。


 ただし少しもやる気が無く投げ遣りな傷の手当てになった。シオンならばこの手当がキルシュのだと間違いなく見抜くはずであり、間違ってもハイネのだとは分かるはずもない、とジーナには確信があった。


 最も何故キルシュでなければならなかったという理由についての根本的なところに対してジーナは頭を回すことはなかったのだが。


 シオンはそれに対する返事をすることもなく池を眺めていた。しゃがんで水面を覗き込んでいる。なにかいるのか?


 自分の顔でも見ているのか? ジーナはわからないまま後ろに立ち無言で待機している。しばらく経つとここでやっとジーナの鈍めな思考は回転しだす。活発なシオンがこうしているのはなにか言い難いことがあるのでは……そうだ! と、歓声が心の中であがりジーナは手を握り締める。私は、クビなのだ! という強い予感。


 昨日の怪我に至る経緯はあの方を激怒させもう容赦はできなくなったために、ここに至ってようやく私の予てから希望であった辞職が受け入れられたのである、とジーナの心から不安は一掃され胸が高鳴った。


 あの人は昨日の件をシオンに話しこの問題の結論は私の免職であると決定されたのである。いまやシオンの背中は大きく見え美しくさえ感じられてきた。彼女が振り返り、申し訳ありませんね……と言い出したとしたら、ありがとうございますではなく残念です、と言わなければならない。


 そう残念ですこちらこそ申し訳ありませんでした、とシオンにだけはこれは素直に言えるから助かる。


 これでいい、おしまいだ。


 もう二度とここには来ないだろうしシオンともこのように話す機会は失われるだろう。そしてなによりも絶対なのは、あの人とはもう会えないということで……


 途端にジーナは心中で湧き上がっていた歓喜の音色が消えたのに気付き、代わりに空虚さに満ち満ちたうすら寒い思いの存在に気づく前にジーナは発作的に動き出し、自らの怯えを払うためか声を出した。


「申し訳ありませんでした」


 先手必勝とばかりにジーナは思考を停止させ頭を下げるとシオンは驚きながら振り返って立ち上がり小首を傾げている。


「今までお世話になりました龍の護衛を辞職いたします」


「いえ、亀がびっくりして逃げだしたぐらいで仕事をやめられたら困りますって。それにいきなり謝罪ってなんですか?」

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