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今日のハイネは優しくない

 そこから先の足取りは異様に速いというかハイネは時々道を走りだしたりとよく分からないまま逆に引っ張られていくと、いつしか二人はまた前の石まで来ていた。


「またここだけれど、ハイネさんが敷布は持ってくると言っていたけれど、あります?」


「フフッありませんよ。でもこれは私の失策ではありませんからね。今日はこういうつもりではなく、あなたに無理強いされて来たわけですから。ちょっと手を離しますね」


 そういえばそうだなと思いながらハイネを見ると鞄の中から見覚えのある色をした上着を少し取り出した見せた。


「あなたの上着は持ってきました。どうします?」


 どうしますとはなんだ? と思考のために固まっていると何やら笑顔となったハイネが正面に回って襟に手をかける。


「これは前回みたいにいきなり脱がれると私がびっくりしますので先んじて脱がすという動きですから、そう理解してください」


「えっちょっと待った! 自分で脱げるからいいですって」

「そういうのいいですから大人しくしていてください」


 苦笑いしながらハイネは抵抗する間を与えぬほどに素早く掛けボタンを外し、それから脱がせ自分が持ってきた上着を完全に取り出した。


「さぁこちらを着てください。そんなにきれいになっていませんけれど」


「いや絶対に綺麗になっていると思うよ。ありがとう」


 汚れが落ちたためか上着はどこか軽さを感じさせジーナは気分が良くなっていると、また襟に手がかけられる。

「いや、いいですから。ボタンぐらい自分で掛けますよ。妙な気分になりますし」


「だからそういうの、いいですから。なんです恥ずかしいのですか? 女と手を繋ぎたいと臆面なく言う男が恥ずかしがって、滑稽。どういうことですか? 理屈に合わないことは言わないでください」


 それとこれとはとかそれだったらあなたのそれは、と言おうとする前にもうボタンは掛け終わりハイネは肩を払い満足げに見上げた。


「ジーナさんはこっちの方が似合っていますね。そう思いません?」


 うん、そうなの? と比べる対象の方が礼装で高価なのだが、こっちはこっちで安物ではなくそこそこに高いものであるから、とジーナは判断基準を金額によった。


「うーん私には分からないけどハイネさんがそういうのならそうかもしれないな」


「そうですって素敵ですよ。ですから私と会う時はそちらを着用してください。じゃないと苛立ってねちねちめんどくさいことを言うかもしれませんからね」


「なんだその脅しは。まぁいいか分かった。元々そちらの礼装は龍の館用だったし今日は偶然このままできたから、そこまで言ってくれるのなら次回からは着ないよ」


「はい。そうしてください。そう、私と会う日は、着ないでくださいねフフッ」


 ハイネはとても機嫌がよさそうに笑顔になったのでジーナは安堵した。今の発言が、なんであるのかを深く考えることはできずにいたが、彼にとってはどうでもいいことであった。


 それから何かを思い出したよう風にハイネは鞄から手拭のようなものを取り出した。


「忘れていました。今日はこれを敷いて座りますからお構いなく。その上着に座ることはできませんから大丈夫ですよ」


 やけにこの上着を避けるんだな? まぁ良かったこれはヘイム様が手を入れてくれたのだからな。座られるわけにはいかないか。


 そう思いながらジーナが座るとハイネはそのまま右側に座るのではなく左側に来て手拭を敷き、座った。そこにジーナは違和感を覚えるあ。どうしてわざわざと? それにそっちに座るのはいつもは……妙なぐらいな胸騒ぎが起こる。あなたは右に座らなければならないのに。


「あのジーナさん。今日の私はいつもとちょっと違うところがあると思いませんか」


「だいぶ違うと思うのだけど」


 心の中ではなく声に出していった。


「いやいやいや不審な点が一つだけありますよね」


「一つ? ハイネさんは不審者だから一つだけなはずないよ」


「また冗談を言っちゃって。真面目な話ほら、いつもだったら目敏いハイネさんが必ず突っ込んでくるであろう点をスル―しているところとか、あるじゃないですか?」


 本音が出たのに冗談口調なのにジーナは安心するも、なにを言って貰いたいのかが分からない。


 ハイネさんはいつもこうだとは思うが、女というのはこういうものであるのかもしれない。それに比べたらあの女とのやり取りはまだやりやすい……いや、そう思っては駄目だ、考えろ!


「うーんそうだな。ハイネさんが私を見た瞬間に思うことは……」


 無意識に頬に手を当てると何か異物がそこにあった。ああそうだ今はこれを、と気づくとハイネの眼は笑い朱の瞳が穏やかな茜色に変わったのが分かる。これか、と。


「あのですねハイネさん。この手当は」

「いいのですよ分かっていますから。はい、そう、それですそれ。頬に貼ってある不細工な手当、これに気付かない私じゃありませんよ、ね?」


 そういうことかとジーナは合点した。自分自身もこの傷を忘れたいがために敢えて意識せずにしていたが、見る人はこれについて大小どちらかな関心を示すというのに、恐ろしく細かく神経質そうなこのハイネがこのことを聞かないことの不可解さに気付くべきであった。


「どうしたのですその怪我は? と尋ねないあたりにもっと早く不可解だと感じないとだと駄目ですよ。私がそれに触れなかったのはですね、これです」


 ハイネが取り出し膝の上に置いたのは小包であり開くとそこには治療用の道具らしきものが一通りそろっていた。


「今日は私の当番でしたが帰り際にシオン様から命じられましてね。ヘイム様があなたが怪我をしそれは公傷であるので薬を与えるように、と。しかしそれはキルシュに渡し治療するように、と」


 なんだかずいぶんとまどろっこしいな、とジーナが感じているとハイネが視線を合わせて頷いた。こちらの心を読んだように。だから読むんじゃない。


「理由は分かりませんが、そういうことなので私はジーナさんたちの隊室に行ったところ、ご存じのようにあの子がパニック状態になっていて……そのうえここにフフッ合意の元で連れてこられて、さぁどうしましょ?」


「そういうことか。でもキルシュはあの状態だと今日はその役目は無理だろうな」


「……ですよねぇ。どうしましょう」


 いつの間にかジーナはまた不可解な森に入ってしまい思考力が遭難することとなる。


 何故直接ハイネさんに治療させるように言わなかったのか? 何故ハイネさんは自分からやりますよと言わずに所在無げにするのか。簡単な話なはずなのに、なにかが難しくしている。


「キルシュは特別治療が巧いというわけではないのだが、彼女でないといけない理由とは何だろう?」


「なんでしょうね……私はそう命ぜられたので自分では何とも……わかんなーい」


 やはりこの態度はおかしい、と今度はジーナが不安になってきた。あれかな? 治療が下手だと判断されているキルシュに渡すようにと告げられたことにイライラしているのか? 私を信頼していないのですか? と上には言い返せずにわだかまりを抱いてこっちにやって来て、

そして普段より激しくねちっこく私に辛く八つ当たりをしたと……なるほどそうかもしれない。


「ハイネさんは手当はお上手ですよね?」


「おっいいですねその人を見た目で判断する言い方。まぁ下手ではないですよ」


 謙遜してみせるが明らかに浮き足立っているのが分かりもう少し引き寄せることにする。


「私以上というのは絶対確実でしょうから良ければやって頂きませんか。このまま戻って落ち込んでいるキルシュにこういうことは頼めるはずもないし。雑なことをされたら嫌だし、そもそもあっちこそ手当てが必要だろうし」


「まったくですね。まぁキルシュでなければならない理由はありませんし、私ではいけない理由はないのですよ。そうですよね?」


「そうだな。ハイネさんではいけない理由は私には分からない」


「ではやってあげます。私は見た目通りに親切で優しい女の人ですからね」


 ツッコミ待ちな表情をしていると見てジーナはそこに乗った。気が利く男だなとジーナは少し自分の成長を誉めた。


「今日はあまり優しくなかったと思うけど」


「あなただからですよ。あなただから辛く当てられるのです」


「それは、酷いな」


「酷いのはあなたです、自分でそう思いません?」


 瞬間、声が重なったようにジーナには聞こえた。ハイネだけの声ではない、問う声が。どこかからきた。


「……思う」


 傷の箇所に指が掛かり虚ろになった眼が強い視線を感じ目覚めさせた。こっちを見ろとの力が、ハイネの朱色の瞳が見つめてきた。


「私は別に大丈夫ですからね。フフッほら優しいでしょ?」


 ジーナが頷くとハイネはそのまま頬に貼った傷当てを剥がしに始める。もう血は流れてはなく止まっているのだろう。


 残っているのは微かな痕と鈍痛だけ。

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