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龍身並びに呪身

 ジーナは今この身体に滲むのはあの闇の冷たさだと思い出した。


『願ったことは、望んだことであり、それはあの時にお前が殺したこと同様だ。お前がジーナとなり龍を討ったとしてもそれを以って贖罪とはならないのだ。お前はなにも継いではいない。奪ったにすぎない』


 夕陽の色が辺りを包んでいきそれはあの日のものだとジーナは認識し、どうしてか次の言葉が何であるのかが先んじて分かり、言葉を合わせた。


「死ぬのはジーナでも龍でもなく私自身だ」


『そうだ死ぬべきなのは龍でもジーナでもなくお前自身だ』


 冷たさからくる無感覚に夕陽の光りが世界から切り離されたようにジーナは声と声の中へとさらに入っていく。


 入っていくそのさなかにジーナは拒むように言った。


「だが、たとえこの身が死の運命にあろうと、先に死ぬのはお前だ。私は、ジーナは、お前を倒し故郷に帰るんだ」


『いいや帰れない。呪身は龍に倒され死ぬ。お前だってこの言葉の意味を知っているはずだ。何故この騙りのための名前があるということを。お前の名は、死だ。もとから存在などしていない』


「お前こそ……騙りではないか偽龍め」


 意識は消えずそれどころか鮮明にさえなっていきジーナは自らの声に言葉に自身の全てを委ねるようにもたれかかる。


 その言葉のみが自分であるかのように。


「私はお前の正体が分かっている。この毒龍が。そうだお前は西からやって来て中央の龍を殺し、それに成り変わった。この偽龍め!」


『……俺こそお前の正体が分かっている。この呪身めが。そうだお前はジーナを殺し西からやってきてこの地で名乗り成り変わった。この偽者が!』


 言葉どころか声までもが異音ではなくなりだし、同音のひとつに、重なり合いつつあった。


 こんなに否定しなければならない相手だというのに、どうして一つになりたがる?


 自分と同じ声となる。


「私が同じだというのか?」


『そうだお前はそれと同じなのだ呪身め。俺ではない、それとな』


 声はさらに重なり合い絡み合い、同じものとなりつつあるなかで、光の空間にひび割れだした。


『なぁ、俺がそれに見えるのか?』


 自分の声を出す必要は無かった。


『そう見たいのだな? じつに呪身らしい欺瞞だ』


 それは自分の声であり、自分への言葉でしかなかった。


『分かっている癖に……』


 わかっていた。その声、罪の声。


『この俺がお前が捜している龍でないことを、お前は誰よりも知っている!』


「……知っていた。そして私自身もまた……違う」


 その身はこの身は呪龍を中央に導きひとつになろうとする呪身……


 そしてこれは私の声、すべては私の声だ、と思うと共に停止していた光の空間は音もなく砕け散り、二つの眼で以って男を睨み付ける朱き鱗の龍が現れ、その金色の眼が輝き部屋中を光で覆った。


 その立ち上がる姿と燦然とした輝きによって場にいた全てのものは立ち竦み呆然とするなか、ルーゲンだけはかろうじて意識を保ち龍を睨み返した。


「まだこれほどの力を残していたのか!」


 叫ぶも、だがここまでだとルーゲンには分かっていた。足は動けはしないがこの自分の意識を抑えつけられないぐらいに弱っているのなら、少し時間を置きこの錫杖の力が戻り鈴を鳴らせばもうそこまでだと。


 しかしルーゲンは、見た。中央の座の後ろの幕から一人の男が出て来るのを。


 この龍の力が最大限に、見ればジーナでさえ動きが止まるほどの圧力の中こちらに進めるものとは……決まっているけれどもそれはありえない。


 見知ったその男がここで出てくることはあるわけがない。その思いとは逆に男は剣を携えていた。


 龍の前で帯剣が許される存在、最早疑うべくもなくそれは、その男は、そのシオンの兄は、龍の騎士は剣を抜き、腰だめにし駆け出した。


 駆け出すその先は、狙いは、何が目的か、瞬時に判断を下したルーゲンは、龍を導くものはその錫杖を床に叩き付ける。


 震え砕かれる破壊の鈴の音は悲鳴に似た音色で以て龍の空間を引っ掻き裂け目を開くと、聞いたこともない言葉とものが飛んできた。


「龍の偽騎士が!」


 動けるようになったアルが丸めていた隊旗の竿を投擲すると唸りをあげ宙を裂きながら龍の騎士へと竿先がぶつかり怯むと次にノイスの怒声が続く。


「起きろブリアン!隊長を!」


 無意識のままノイスは失いつつある名を、同じ言葉を知らぬまま告げる。


「龍身を守れ!」


 遅れて目覚めたブリアンは指示の意味を思考することも聞き返すこともなく、床を蹴り龍の騎士へと飛びかかった。


「第二隊! 鈴はもう、鳴らせない! まだ音が鳴っている間に早く!」


 身を支える錫杖は最早なく膝を屈し喘ぎ倒れ伏しながらルーゲンは指示を叫ぶ、ジーナの代理を果たす。


「龍のもとへ!」


 いつもの掛け声、だから隊員達の身体は自然と前のめりとなり、腹の底から湧き出る言葉、


「罪を滅ぼしに」


 隊員達はいつもの隊長の言葉を聞き知っていた。知っていたが言えなかっただがここで言葉は自然と出る。


 第二隊員たちは雄叫びと共に意識を突破させた。


「龍を討ちに行くぞ!」


 いつもの自分の言葉と突撃の足音が耳に入ったためか男の意識が微かに戻った。私の、ジーナの言葉。


 変わらず朱い龍は両の眼にて睨み付け動きを止め、自分は剣を振り上げたまま。


 分かったのは自分は生きておりまた龍も生きているということ、分かっているのはどちらかが死ななければならないということ。


 そして分からないのは自分が……


「動けジーナ君!」


 その叫び声と鈴の残響はジーナの耳にはまだ入らなかった。


 龍がもう動こうとしているのをジーナはその前足の動きを眼で追っていた。


 先にあるその爪、この身を貫くのか引き裂くのかそれとも両方か、意識が戻るも身体の動きが戻らないジーナは朦朧とした意識の中でいまここで自分が望んでいるものを探った。


 私はこのまま……この金色の光の中へ……この命を捧げに……


「君は何のためにここに来た!」


 ルーゲンの絶叫はジーナの耳に微かに入りるも、だが声は心の中で変換される。


 夕陽、闇の小部屋、冷たさが伝わる指先、衰え切った命の感覚、名前は失われ思い出せないあの娘の声に変わった。


「砂漠を越えた君は、その君の使命は何だ!」


 分かっている……私は


「思い出すんだ! 龍を討つものよ!」


 忘れてなどいない。ここにいるのはジーナだということを。私はそれになった身である。


 声が消えると印にはかつてないほどの熱が宿り腕は動きを再開させる。生きているように、私はここにいると主張するように。


 ジーナの、龍を討つものの眼には金色の光りが再び放たれ龍の輝きを呑み込み、喰らった。


 龍は瞼を閉じはじめ、剣が振り落とされだすと背後から声と共に何かが飛び込んでくる。


「駄目だ隊長止まれ!」


 止ることはできない。この剣がこの龍の首を斬るということは、それは次の龍にもこうするのだと、だからもう止まれない。


 刃は金色の光を反射させながらゆっくりと落ちていくのをジーナは見続けていく、斬るしかない、その迷いも共に。


 龍を討ち、印を故郷に戻す。この名である限りはそれ以外の何でもない。結末は、既に見えていた。


 刃に跳ね返る光のなかに未来があった。龍を討ち、帰る光景が、刃の影のなかに後姿のヘイムが、いた。


 落ちていく光は角度を変え振り向こうとする瞬間にジーナは瞼を閉じると、声が甦る。


『それでも……私が、いますからね』


 手に手応えと同時にふたつの音が鳴り、それから胸に衝撃がきた。

                              

ここで第二部「なぜ私ではないのか」は終了です。

ありがとうございました。

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