懐かしきその存在の元へ
そのヘイム宛の手紙を見ながらジーナの身体が固まり、意識は今へと階段へと帰って来る
一段とまた一段とあがりながらこの間に得た罪についてジーナは考えた。
何故あそこまで人の優しさを無下にできるのか? ハイネに対してそうしなければならない理由はあるのか? 自問するまでもなくジーナにはそれがあった。
龍を討ったら私はこの世界にいてはならない。
そのことはハイネとは無関係であり、私とジーナとの関係だけである。ジーナは龍を討ち故郷へ帰る。
それだけであり、それ以外になく、そのこと以外に私の心には何も無い。あってはならない。
だからハイネとは……だが、ここまでしなければ断ち切れないほどのものなのかと?
姿を見るどころか眼を見ることも優しい声をかけることすらしてはならない相手なのだと?
考えなくていい、とジーナは自分に言い聞かせる。それ以上何も考えなくていい。
そう龍を倒すこと以外のことなどなにも……龍を倒したとしたら自分はこの世界から一線を超える。
その時からその後の世界において私は……そのことを思うとジーナの頭には声が湧き起り響く。
欠けていた言葉が繋ぎ合わさり言葉を加え答えとして耳へと甦る。
『あなたがあれを討ったとしても……それでも』
うるさい黙れ、いなくてもいい、来なくてもいい、私の傍に寄らなくていい、想像してはならない、否定しなければならない。
そのイメージを……たまに頭の中に浮かび上がるそれは想像とはその妄想とは、印を帰る旅に彼女がいて、迎えに来たアリバと共に砂馬の馬車により、砂漠を越え西へ向かう、そのようなことはあってはならない……
鈴の音が鳴り、妄念が流され消滅する。すると音色から生まれたように扉が現れ、ジーナは扉の前に立った。龍の間にある扉と同じ模様。
「みなさん、この先に龍がいます」
隊員達は恐怖の為か足が半歩下がったように感じるもルーゲンがすかさずその脚を取った。
「ここからは、何もせずには帰れません。武器を持ち龍の間に入り扉の前に立った以上、既にその身の罪は極限に近いものです。扉に背を向け駆け降りようとしても鈴の音が無き状態では膨れ上がった信仰心が龍の重圧に負け破裂し、身体が硬直し階段を転がり落ちて階下に死体となって横たわるでしょう。いわばここは絞首台の頂上です。首に縄が掛けられている状態であり、もう後戻りはできません。我々の為すべきことはただ一つです、ただ一つ……」
息が切れたのかルーゲンは言葉を失い呼吸を整えようとしている間にジーナはあとを引き取った。
「ルーゲン師の言葉の続きだが、第二隊はこれより龍を討ち、罪を滅し故郷に帰る、それだけだ、以上。まっここまで苦労したのだから早く片付けて褒美をたくさん貰って帰ろうか」
言った瞬間ジーナは久しぶりに故郷を思い出した。次の季節は収穫祭が行われ肉を食べ……想像の中にアリバはともかくハイネもいてジーナは自分のしょうこりもない妄想に失笑しながら首を振ると隊員達も釣られて微笑んだ。
彼らはジーナのその心中は知らないがいまのはたぶん冗談を言ったのだと受け止める。
冗談になっていないがあの隊長がここに来て冗談を言うなんて……内容よりもその心に隊員達は微笑みそして思った。
これが本当に最後の戦いなのだと。
「最後の仕事だ。みんな、行こうか」
隊員達が頷くと同時に頷いたルーゲンが錫杖を床に叩いた。
「鈴の音の残響の中で開いてください」
隊員全員が扉に手をあて力を込めて押すと、いとも容易く扉が開きその先にある闇が眼前に現れるに伴って、薄らとずっと漂わせていた不快な臭いが濃くなり鼻孔を突いた。
龍はいるとジーナはすぐに分かった。おまけに負傷していると。しかもかなりの深手であると。
先頭にジーナが入り前へ進むと後方からルーゲンの声がした。
「龍の座は部屋の角や壁際ではなく、中央にあります」
言われなくてもジーナには臭いの位置でそれが分かり、歩き出したその中央に、または世界の中心へと。
懐かしきその存在の元へ。




