それでも私がいますからね
ヘイム宛の報告書にはどこまで書いていいのだろうか? 龍の間のは駄目だろう。近衛隊との戦闘も良くないのかもしれない。だとしたらいったいなにを書けば……そもそもこの手紙はいつまで書けばいいのか?
前線の様子を報告するという名目である以上は戦争が終われば前線という概念が無くなりヘイムは中央に座り、その必要性がなくなる。
次ので最後になるのかもしれない。いや戦後は中央の修復が長期間になるかもしれない。
そうなったらまだ報告は必要かもしれないし、そちらの方だったら書くものが沢山あっていい……どうしてお前はそんなことを考える?と心の片隅から叫びが届いた。
けれども反発するようにその思いは姿を現した。もしも自分がジーナでなかったら……やめろと声が近づいてくる。
この使命がなかったとしたら……やめろと声がすぐ傍に来る。そうしたらヘイムもハイネも不幸にはならず……やめろという声は鈴の音と重なり相殺され共に消えた。
「一息入れます。呼吸だけして整えてください。あと少しです。重圧も一定のもの収まりつつあります。これが偽龍の限界なのでしょう。これならば行けます!」
ルーゲンの励ましに隊員達は明るい表情となり呼吸を整えている。ルーゲンはジーナの隣まで来て小声で話しかけてきた。
「ジーナ君。余計なことをたくさん考えていますね」
「聞こえたのですか?」
驚きつつ敢えて聞いたみたがルーゲンは冗談だと受け止め否定した。
「表情は雄弁でもある。それにしても我々には無思考になるのに君は逆に複雑思考になるとはね。」
「もともとそうですが異様に色々なことを考え出してしまって……もしかしてそれも龍の力で?」
「そうだと考えてもいいでしょう。けれども余計なことは考えてはいけません。ここで今一度確認しましょう。第二隊の使命とは、なんです?」
「この先にいる龍を討つためです」
ルーゲンは目を合わせて来てジーナの眼が微動だにしないことに安心したのか肩を叩いた。安らぎがそこにあった。
「君らしく単純明快です。それ以外の思考は必要ありません。もしかしたら龍は君の思考に攻撃をしているのかもしれません。身体に効かないなら主に心に向けて。そう重圧は身体にだけではなく心にもかかっている。気を付けて。敵は心に居ます」
ジーナはそれを聞くとルーゲンの肩に手を置く。細いながらも硬い感覚が手に触れた。
「私自身の心との戦いとも言えるか」
「それは我々も同じです。この錫杖の音で気を取り戻さないとそのまま自分を見失ってしまう。ただし連続で鳴らすことはできません。力を溜めているその間こそは己との戦いです」
「……まるで試練ですね」
呟きに答えず微笑み返したルーゲンは錫杖を軽く鳴らした。
「階段を昇り切り扉の前になりましたら鈴を鳴らします。それまで、力を振り絞ってください。偽龍の力の限界を超えましょう」
再び行動が開始され一段昇るごとに不快な心の声が大きくなりジーナは龍の代わりにハイネのことを考えることにした。異なる苦しみを思い甦らせる。
攻撃が開始される前から向うは忙殺されたのか出会う頻度は無くなっていた。ジーナもまた待機と準備のために関係者以外と会うことも絶えてなくなる。もともと人に会いたがる質ではないためにそのままずっと。
だがある日、珍しく一人で書類を、いや手紙を書いている最中に連絡なしにハイネがテントの中に入ってきた。ノックも挨拶もせず。
嫌な雰囲気を纏っているとジーナは手紙を書きながら顔をあげずにそう感じた。
空気が唸り濁り、重くなる。だから声を掛けなくても誰が入ってきたか分かった。そして顔をあげる必要が無いことも。
「あなたのようですね」
「私以外にいないだろ」
主語が無いのに即座に応えられた。あなたが、龍を討つ任務を降されたのだと。
「私には話してくれなかった」
「機密事項だ」
「私には話したくない」
「機密事項だと」
「機密事項でなくても私には話さなかったのではありませんか?」
今度は間が生まれあたかもそれは真実を語っているような感じがしジーナは怒りを覚えた。
沈黙に代弁させているわけではない。
「どうしてハイネにそのことを話さないといけないのか」
「私は反対しているわけではありません。ただ私には話して貰いたかっただけなのですよ」
足音が一歩二歩鳴り近づいてくるのが分かるもジーナは顔をあげない、あげてはならないと言いきかせながらうつむき、手紙を書く。
足が止まり、隣に立っているにも拘らずジーナは横すら見ない。気取られないように手だけは動かしひたすら手紙を書いていなければならない。
ゆっくりでもすこしでも、ハイネがいる間は止めてはならない。
「それでも……私がいます。私がいますからね」
「あぁ、そこにいるな」
「そういうことではないのですが、いいです。実にあなたらしい」
また無言が辺りに広がり身体の中にまで浸透し筆の動く音しかしなくなった。
筆の音が無くなったら闇が来て死が訪れそうな、そんな中で言葉はやはり不意を打ち油断をさせない。
「顔をあげないのですね」
「今は手紙を書かないといけないので顔をあげてみる暇がない」
「いいえ手紙が無くても見たくはないのですよね」
あげては駄目だという意思が手を止めないのかまたは意識と身体が分離しているのか、手から指先へ筆先から綴られる字には歪みも狂いもなかった。
字は勝手に書かれている。頭の中はハイネのことでいっぱいだというのに。見ることができない。
「なんです? そうやってわざとそんな態度をとって気を取ろうということですか? 小賢しいやり口ですね? あなたらしくもない。誰かの入れ知恵ですか?」
「私がそういう小器用なことができると思うか」
「案外……」
言葉が途切れたままハイネは少しだけそこにいた後に微かな足音と共に去っていきそれと同時に手紙は書き上がっていた。




