龍の騎士の一族
それはなかった。ただ初めてシオンに会った時にそのことで妙の反応をされたことをジーナは思い出す他なかった。
「ありませんね。色々な雑談をしましたが今までシオンの兄の話が出たことはほぼ皆無なのではないかと」
「そうでしょう。シオン嬢もあなたが自分の兄のことに一切知識も興味もない人であることがかえって気楽だったかもしれませんね。彼女は自分の兄について話すのがすごく嫌なようでしたから」
「話を聞くにかなりの駄目な人なようですが、それでも龍の騎士という称号を持つからにはそこそこに腕はあるのでは」
「君は実に話しやすい。その腕と手ですが、杯か女の身体を触れること以外のことをしたことがまずないというのが専らの評判でしたね。武具はおろか剣すら子供の頃に持ったことがあるぐらいでしょう。あの細腕で剣が振れるのかどうか。おそらくシオン嬢よりか身長が低くて体重も軽いでしょうね」
そんなのだったらシオンを龍の騎士にすればよかったのに、とジーナは考えるとルーゲンが顔を見ながら微笑んだ。
いま、心を読まれたなとジーナは勘付いた。
「彼女が龍の騎士になれなかったのが疑問でしょう。そう考えるということはジーナ君の故郷は男女がある程度は同権傾向にあるのでしょうが、中央の一部の貴族はそうではないこともあります。特にシオン嬢の一族は男に権力を集中させる家父長制でして、龍の騎士は長男でないとならないというのが初代からの掟です。彼女は始めから龍の騎士になる可能性はありませんでした」
「けれどシオンの剣技の腕を見るに次は自分の番だとずっと研鑽を積んで来たものとしか思えないのだが」
ジーナはあの日の剣先の冷たさが胸によみがえった。
「そうです。男子一系といいますがこの制度はかなり無理をして続けてきましたからね。ここ二代は身体が壮健で無いものが続きまして、本来は龍の警護役であるのにその任を果たせるのかと周りから心配されるという始末でしたからね。幸いもなにも無いですが龍の身を脅かすものなど絶えていなかったのでそれで問題はありませんでした。平和な時代でしたから任務のほとんどは龍の相談役というかお喋り相手にもなっていましてね。だが一族の間で三代目もその方向で行くのは良いのだろうか、と話合いが途中でありましたようで」
お喋り相手か、とジーナはヘイムとシオンの日常を思い出した。そしてそれがとても昔のことのように、もう無いもののように感じ、慄然とする。そんなはずはないというのに。
「それもシオン嬢がかなりの見込みがあると一族のものが見なしたからでしょう。議論も煮詰まって来てとりあえず一代は特別に女に交代させ、シオンの様子次第で次代からより適性のある方に龍の騎士を継がせる、ここまで辿り着きました。みんなは驚きましたね保守頑迷の最強硬派だった龍の騎士の一族がそのような結論を出すとはと。これで一件落着としたいところでしたが、そうはならなかったのは我々のいま知るところです」
「……龍がその方針に対して横槍を入れたとか?」
「はい。正確には龍の皇子がですね。兄が泣きついたのでしょうが皇子は長子継承派の方に親書を送り、土壇場で逆転させたようです。手紙の詳細は不明ですがシオン嬢では駄目だとはっきりと書いてあったのでしょうかね。騎士よりも悪友を選ぶとは偽龍に相応しい決定ということでしょう。これでシオン嬢の継承の芽が無くなり従来通りに皇位継承者の侍従として、はこちらはもうあらかじめ決まっていましたけどね」
「あの御方の側近としてソグに来たわけか」
「そういうことです。ここについてからもシオン嬢は修練をやめたわけではなく日々重ねてきました。周りから無意味だと見られていましたが、習慣ですし今更やめようもなかったのでしょう。ところがそれが生きたのがシアフィル草原であり、あの撤退戦は龍の騎士の誕生から始まったようなものです」
「龍がいて騎士がいたのではなく、騎士がいたからこそ龍がいたということなのか」
「そうですとも。シオン嬢は自分の従姉妹兼親友が龍となるものになるとは、その時は全く予想だにしなかったでしょうし」
龍の騎士がそうだとすれば、とジーナは左頬に触れて自らを思う。では龍を討つものは龍の後か前か。
そんなのはすぐに結論が出た、龍がいるからこそ討つものが生まれた、と。
あまりにも明瞭な答えのすぐ隣に疑問が待ち構えていた。疑問は口を開き、問う。
何故そのようなものが生まれたと。龍の騎士は龍を守るものでありそれ自身が存在理由である。
しからば龍を討つものとは誰にとっての存在理由であるのか?
すると頬に熱が籠りだしジーナの左手が離れ、声が聞こえた。そこに触れるなと。考えるなと。
ジーナはただ、龍を討ち続ければいいのだと言うかのように……




