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叩かれるシオン

 冗談でなく本気で言っているのにマイラが苦笑いしたのをシオンは逆に睨み付け、このことを将来取り出すために記憶に刻んでおいた。


「ありがとう。龍身様は詳細を聞くことはないかもしれないから、その代わりシオンが把握しておく必要は確かにあるだろう。報告書で正面門を突破したと書いてあったから今頃は龍の間に行くものたちが行動を開始しているだろう。その中央の龍の処置だが上二人と俺との話し合いの結果として可能な限り生捕にするという方針となった」


 そうだろうな、とシオンは内心で思った。龍を殺せ、とはあの二人の口から出るとは思えない。そう言わざるを得ない立場にあるということは、つまりはその次の方針を言ったのは当然……


「生捕が不可能な場合はやむを得ないこととして任務を受けた隊で処置する……卑怯な言い方だが仕方がない、現場に丸投げってことだ。事が終わったらさっきの公式発表をし全てが終わる。そう戦争が終わり、君は髪を伸ばす」


 不謹慎であると思いながらもシオンは寂しげに笑うもその心は締め付けられていた。龍の死というそのイメージによって。


 可能なら、という曖昧で優柔不断な指示はそのイメージから逃れるためのものであるが、自分はこの人と同じことを考え逃げてはならないとシオンは心の中でしっかりと言葉にする。


 私達は龍を殺す指示をしたのだ、と。すると血の香りが脳内に漂い眩暈がしたものの堪えた。


 これからその血を実際に見て浴びる人達がいるのだからと。


「あのマイラ様。そもそも生捕にしてそのあとはどうするおつもりで? 遠くに放つというわけにもいきませんよね?」


「……地下迷宮がある。そこに向かって」


 地下迷宮? とシオンは首を捻った。それは中央の城の真下にある古代の迷宮であり過去に何度か探索はされたものの、広大かつ複雑なために未だ全容を把握しきれていない文字通りの迷宮。どうも龍との関係が深いとのことらしいが……


「でも地下牢というものではないのですよ?」


「しかしそこ以外にないのだ。だいたいがだ、今回のような事態こそが過去に一度しかなくそれについての記録も大半が失われている。龍を捕え閉じ込める……前例などあっては困るのだけれどな」


「龍を殺すということも、前例はないということになっていますよね」


 血の香りが全身に広がるもシオンは敢えてそう言い全身に力を入れた。


 マイラの顔に緊張が広がるも、重くゆっくりであるがその口が開かれた。


「前回の龍の内乱も公式発表では龍の自然死となっているが、殺されたのだろうとは軽く想像はできる」


 軽くというのにあまりにも重々しい言い方であるものの、これが精一杯であるように椅子の背もたれに息を吹きながらマイラは全体重をかけた。


「だがその際の詳細は一切残っていない。当時のトップ周辺のみがそれを知り墓場まで持っていったのだろうが」


「宰相夫人もそれを知っていたでしょうね」


「おいおいそれだとまるで歴史が繰り返しているみたいじゃないか」


 繰り返し、とシオンは口の中でその言葉を舌の上にて転がした。そのざわっとした異質感に不快感。


 いますぐ呑み込もうとは思えずいつまでも舐めまわすも、それは溶けることもなく小さくなることもなくそのまま口の中に残るその、違和感。


 吐き出そうにも吐き出せず口の中に残すものの思えばそれはいつ口の中に入れたのか思い出せないが、あるいはこうかもしれない。


 はじめからずっとそこにあり、いまはじめて、気づいたのかもしれない。


「確認したいのですがマイラ様。龍を殺めた場合はそのものはどうなってしまうのでしょうか? ここは触れないわけにはいけませんので、聞きます」


「……ここは想像を絶することであるとしか言えないんだ。俺自身の想像力が貧困であるといえるのだが、傷つけることすら考えるのが難しい。これはシオンもそうだしましてや大僧正すら答えには窮するだろう。この国の信徒には不可能だ、と」


 なら可能なのは一人しかいない。都合の良いことに信徒ではないものが前線にいる。龍への敬意がゼロどころかどこか敵意すらある反抗的なものが。


 しかし……いったいあの者は何者なのだ? 龍の内戦直後にわざわざ砂漠を越えて中央にやってきたうえにこちら側に立って戦うだなんて。


 金か地位ではなく戦い続けるあの不可思議にそのうえ私の大切な人を、とシオンは固まった。


 ジーナへの連想だというのに、いま、シオンとヘイムの顔が思い浮かんだということに。何故ヘイムが顔を出す。


「……私の予想では第二隊がその任務を命ぜられたと思うのですが」


「ここまできたら隠しても仕方がないな。そうだよ第二隊だ。ルーゲンの推薦によってバルツ将軍が承認した。そういえばあの隊は例の元龍の護衛の異人がいるみたいだが、その彼ならできるかもしれないな」


 できるであろうとシオンは湧き上がる信頼感に複雑な気持ちを受け止めた。彼なら龍を討つことができるかもしれない。


 だがそのできるとやってはならないという間には深い溝があり、そこを彼は……考えるとシオンの頭の中でまた血の香りに満ち、何かを刺しているジーナの背中が見えた。


 あの剣で以って、倒れ伏す何かを。そうではなくて紛れもなくあれは、龍であろう、いや龍である。


 血を浴びたものは果たして……その罪は……


「……龍殺しの罪とは」


 口から言葉が零れ落ちると声が遠くから聞こえた。


「しっかりしろシオン!おい聞こえるか?」


 それから背中に衝撃が来て、ようやく叩かれているということが分かると音と痛みが同時にきた。


「あっあのマイラ!? やっやめて叩かないで、痛い」



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