あなたは龍を討ってはならない
被せるように言うと真顔であったルーゲンの表情が微笑みに花開いた。
「少し強めに言って煽ろうとしたけれどそのような心配はいりませんね。今の君の眼は、元に戻った。噂に聞く金色とは、それかな」
「へっそんな」
「ハハッすまない今のは冗談だ。光ってなどいないよ。それにしても今の君の説をとるとしたら物語としては完璧ですね。出来るのならばそのような説を流布させても良いかもしれません。人心も安定することでしょうしね。過去の龍と龍との争いも分裂だとの公式発表でしたが、今回もそれにしてしまったら二番煎じの感は否めません。もしも民衆がそこに疑惑を覚えでもしたら一大事でしょう。それにジーナ君」
呼びかける声はいつものルーゲンの声であった。柔らかく優し気かつ人を引き付けるその声。
あたりの声どころか音さえも消し去ってその声だけ耳に届くかのような清涼なその声に、ジーナは濁りを感じた。
「その時が訪れたとしたらそこには君と僕がその場にいることになりましょう。ほとんど僕たちだけということになる。そうすればどのような状況であり、どうであったかは僕たちしか知りえませんし」
その言葉は意味深なものでもなければ仄めかしたものではなかった。ジーナにはその意味は分かっている。
そこには逆らいようが、ない。結果がいかようでも、ただやるしかないのだから。
「……龍はいちはやく朽ち、消えてしまう」
「よく覚えておりましたね。超自然的な存在はそのようにして消えるのでしょう。骨は時間が少しかかりますが風化は他のよりかは圧倒的に早く塵になるのです。それはとても都合のよいことですが、ねぇジーナ君。そういうことを出来るという戦士は僕の知る限りでは君だけだ。この件は他の誰でもなく君でなければならないのだよ」
濁った声は徐々に暗黒をまといジーナは反射的に瞼を閉じ闇へと入っていき想像をした。自分が龍を討つ場面を。
あの闇夜の月に照らされた時と同じ紫の皮膚をした毒龍が中央に鎮座している。自分は、ジーナはそれに対し剣を抜き……だが思えば思うほどにその先のイメージが浮かばず闇が広がっていき、近づくために歩きまたは走ってもその先には辿り着けなかった。
呼吸を止めて気配を探るなか、中央にいるのが自分の知る何かであるかもという気持ちがどうしてかジーナは覚えた。
毒龍であると考えるからいないとしたら、そこにいるのは……すると闇が晴れはじめ光が瞼の裏で輝こうとしたところ、ジーナは瞼を思いっきり開けその光を見ないようにした。見てはならない。
「そうですよルーゲン師。この私でなければならないのです。そのために私はこの東の中央に来たのです」
「君には心から期待しておりますよ砂漠を越えた西の戦士よ。偽龍の力によって迷いが生じるかもしれませんが、僕が傍にいる限りご安心。僕がその葛藤を解き、君を自由にしてあげますから」
言いながらルーゲンは左手を前に出してきた。師は左利きではなかったようなと思いながらジーナは左手で握手をし、言った。
「どうか私をお導き下さいルーゲン師」
「君は迷子になるタイプでしょう。僕には分かりますよ。昔からよくソグ寺院の迷子番を務めていましたからね」
その掌からは生温い湿度をジーナは感じ、それからルーゲンは天幕から出た。
「隊長ちょっといいですか?」
呼びかける声に目覚め半ば眠りながら記憶を確認していたジーナは周りに隊員が集まっていることに気付き顔をあげ、その緊張した面持ちで出発かと思いきや、そうではないと次の言葉で分かった。
「御再考を願います。二番手を設定すべきです」
それか、とジーナはノイスとアルの緊迫した表情を見ながら思った。
一番手、二番手とバルツ将軍に参謀及び隊員らはその言い方をするがそれは龍の討手の言い換えであり、それだけでジーナにとっては論外だった。ルーゲン師のようにきちんと龍を討つと言明しないものなど、信頼できない。
「指示は出た筈だ。二番手は設けずに一番手だけでいく。そのためにみなのフォローが必要だ。そこを隊全体で頼むと」
これがよく、それでいいのだ、この隊の存在理由も自分が隊長になったのも全てはその為であったと、ジーナは改めて自分の計画が順調に進んでいることに満足感を覚えていた。
龍を討つためには最前線に配置されその頭とならなければならない。たまにジーナは内心で苦笑いをする。
自分がやっていることは故郷の村の構成の真似事だと。龍を討つものとその援護役と。
だからそれ以上のことを望んでもなく隊員たちもこう言えば下がると思っていたのに、彼らはその場から動かなかった。
みな一様に緊迫した面持ちを維持している。いったいどうしてこのような表情を? と聞き掛けようとするとアルが一歩前に出た。
誰よりも背の小さい彼が突然大きく見えた。
「あのですね隊長。みんなは隊長にそんなことをして欲しくないんです。そんなこと、というのは龍を討つということです」




