ひとつになったらそれでおしまい
掴んでいる手の力はさらに加わるもジーナは痛みはまだなかった。
「ならどうして来るんだ、と言わないのですかもう来ないでくれとも。何度でも言います。いまも、そう。なぜ泣くんだともどうしてそうなったのだとあなたは聞かないの? そうしたら私は……」
「そうしたらハイネが来なくなるのは分かっているから」
ハイネの手は爪をめり込ませてきたが、まだ痛みは来ない。
「来てほしいから、そう言わない。ハイネの心を思わないから傷つけるのは分かっている。けれど私にはその心に応える言葉が、無いんだ。現すものが無い……だけど」
ハイネの手がまるで自分の中に入ろうとしている感覚の中でジーナは瞼を閉じると、扉の前にきた。
「近い言葉があるとしたら……ハイネと一緒にいると心が苦しい」
言うと腕にはじめて痛みが走りだした。
「はい、私もあなたといると胸が苦しくなります。あなたにどんなに引き寄せられても、何も感じないぐらいに」
ジーナは自分の腕が無意識に動いていたことに気が付いた。
「自分から離れないのですね」
「いや私がしていることだから、離す」
離れるとジーナはハイネが遠くに行くような錯覚を覚えた。こんなに少しだというのに。
それともそれぐらい近づいたということなのか。ハイネは顔を見せないようにうつむきながらジーナの右腕をとった。
「腕を出しますね。血が出るかもしれませんし……わっ痛そう」
「自分でやっておいて随分と他人事だな」
「他人、ですし。けど薬を塗ってあげます。私は優しい女ですから」
ハイネら鞄から塗り薬をとり出した。
「自分で自分を優しい女と呼ぶとはな」
「おかしいとでも? けれどもあなたがこれまで会ってきた女のなかに優しい人はいました?」
優しい女? と考えるとジーナは固まった。今まで会ってきた女の顔が眼の前に思い浮かぶも、真っ先に来るのがハイネであり反射的に首を振った。
そうであっては、おかしいだろうと。こんなにも私達はこうやって……
「あの、考えるってちょっと。やっぱりそうなのですね可哀想に……消去法で私が来るんでしょうね、たぶん」
心を読むなと思いながらジーナは話を戻すことにした。
「それにしても自分で傷つけて自分で癒してと妙な話だな」
「殴って慰めて……ジーナと同じですよ」
「同じって……」
「いいえ、あなたは口では否定しても自覚はありますよ。だっていまも困惑もしていないし怒ってもいない。私以外の女にこんなことされたら、当然抵抗しますよね」
「……ハイネのは、その」
暴力とは感じられなかったとジーナは思った。ようやくいまは痛みを感じるというのにどうしてあの時は。
「あのまま私の手があなたの身体の中に入ったら面白かったでしょうね」
「全然面白くない」
ジーナは寒気が走るもハイネの掌の熱は上がるのを感じ取った。
「想像してみてください。血が出るくらいに自分の身体の一部が相手のなかにねじ込ませるうちに、ある瞬間にすっと中に入る。すっとですよ、気持ちいぐらいにすっと……」
言われ想像するとジーナはその想像の壁にぶつかり、手を当て力を入れた。
「その先はどうなるか分かりませんが面白いはずですよ。そうしたらきっとお互いに苦しみが消えるはずですし」
しかし壁に手はめり込まなかった。そうだから、聞いた。
「もし中に入って一つになったら、どうなるのだ?」
「どうなるって……そんなことも分かりませんか? そうなりましたら決まっています」
薬を塗り終えたハイネがまたジーナの胸元に再び耳をあてた。
「ひとつになったらそれで、おしまいです」
心臓が一つ大きく鼓動したのが自分にも分かった。だがその意味は分からなかった。




