嘘と美と
そこに火が灯ったようだとジーナは自分の心臓の熱を感じその位置を知った。
これは元から自身の内にある炎かそれともハイネの炎なのか。ハイネだとしたらその澄んだ存在のどこにそんな火を炎を内に宿しているのだろう……どこに?
探るためかジーナはハイネをまた少し引き寄せる、ほんの少しの引き寄せだというのに、その体温の変化が分かった。
「あなたは?」
顔にかかる吐息まで熱くジーナが黙っていると再度同じ言葉と熱で以って囁いた。
「……あなたは?」
胸の当たる手に力が加わり、また近づいた。近づいた? これ以上は入ってこれるわけがないのに、胸の中にはハイネの掌の熱が侵入してくる感覚の中でハイネの唇が耳の傍に動いていくのをゆっくりと見ていた。
「私と同じことを言えばいいのですよ」
囁きだというのにジーナの空となった頭の中に大きく響いた。
「ほら私の気持ちが伝わっているのは分かりますよね? 気持ちが良くないですか?」
いつしかハイネの掌の感覚は失われているもそれは離れたわけではないことは分かっていた。
同じ熱となり一つになり融け合っているこの感覚を現すものがそれであるのならば。
「私は気持ちが良いですよ。とても満たされている……でも半分だけです。私もあなたも半分だけ、半身状態ですよ。だから同じこと言って」
誘いの言葉に頬を撫でられジーナは手紙を受け取る際の感情を思い出す。いやその待つ時間さえも思いだし、その心を呼び起こした。
「……配達の日は朝から配達員の姿が現れるのを私は待っている。自然に道の方を見てしまうので意識的に見ないようにしている。その時刻が近づくと時間前なのにまだか遅いかとそわそわしてくる。配達時間ちょうどに来ても遅いと思ってしまい申し訳がない。郵便箱を開けるとそこには各隊員宛の雑多な手紙の束があり分けるのだが、私はどうしてかすぐにハイネの手紙を抜き出すことができる。それは目立つ封筒ではなく業務用で地味なものであるというのにいつも苦労せずに発見できる。その様子を他の隊員は嬉しげにニヤニヤしながら見ているが、何も言ってこない。まぁ私宛の手紙はほぼ0なので物珍しさも手伝って笑うのだろう。そうやって急いで確保して持っていくが、すぐには開かない。いいや開けない。ここが中々体力と言うか精神力が必要で、どことなくハイネといつも会う時の感じに似ている。めんどくささが先立つのだろうな。他の隊員が大急ぎで封を切っていく音を聞くとなにか急かされている気がする。この音が消えた後に封を切るのは避けたいために最後の最後の方でようやく意を決して一気に封を切って無心で中身を取り出し、開く。こうしないとまた時間を食ってしまうのでこのように駆け抜けるが最初に目に入る『ジーナへ』でハイネの声が聞こえ、それから不安な思いが込み上がって来る。前の手紙の内容を詰るものであったり不吉な予感を催す予言とかであったらどうしよう……と恐る恐る読み出すとそんなことはなく、こんなのは私の心配から生まれたものだから当り前だけど、何の変哲もない後方の平和で上向きな様子を聞くのが前線の兵隊にとってありがたい内容だといつも感じる。読み終わると返信を考えるのだが簡単に済ますと怒られそうだから頭を絞りながら書くのもこれがまた辛いもののそれでも次の一通が来るために頑張ってと……こういうことで」
ジーナが語り終わるとそれまで瞬きだけしかしていなかったハイネの表情はそのままで口が開いた。感想が来る。
「たいへんに回りくどくて長々しいですね。一言でまとめると、なんです?」
自分の中の熱が震えだしているせいかその問う身体も怯えのような小刻みに震えていた。私のかハイネのかまた両方なのか。
分からないなかで分かることは、分かりだしたことは隔たっていると思っていた心が、重なりつつあるということ。
それをそのまま口にすればできれば、限りなく近づける。限りなく一つに。
「……嬉しいしありがとうハイネ」
「よろしい」
表情が笑みに崩れ出したハイネはその顔をジーナの胸に押し付ける。
「それでいいのですよそれで私は満足です……ふふっ」
なにがおかしいのか笑いながらハイネは心臓の位置に耳をつける形をとった。
「なんですか? 心臓の鼓動が早くてうるさいですよ。もしかして緊張しています?」
「人の心を盗み聞きするんじゃない」
「私だからいいのですよ。すごく激しい」
「それならハイネの心臓もきっと早く打っているよ。たぶん」
「聞きます?」
「それはいい」
「まさか恥ずかしいとか?」
「いや。私の心臓が激しく鳴っているということはハイネのもきっと同じだろうと思うから」
「そういうことを言うようになりましたか。よろしいですよ、とても、よろしい」
「なにがいったいよろしいのやら」
「よろしいからよろしいなだけですよ」
ハイネはそう言うと何も言わなくなりそのままの姿勢で目をつぶりだした。
すると自分の鼓動は次第に止みだし空気の音が風の流れに木々のせせらぎが甦るように聞こえだしてきた。
「こんなに近いのにまだこんなに遠い。まだ距離がある」
胸元からハイネの小声が聞こえてくるが自然の音色に溶け込み一体化しているようであった。
「これ以上どうしろと言うんだ」
ジーナがそう言うとハイネが何も答えないために下を見ると、目が合った。ずっと見ていたということなのか?
相変わらず自分の胸に耳をつけているが、もう何も聞くものなどないというのに? とジーナは訝しむと、瞬間にハイネの眼が光り、微笑みを見た。そのときジーナはその光に吸い込まれ、ひとつの感情が心に湧いた。美しい、と。
今日はじめてハイネに抱いたその感情がこのタイミングで? 何故? 自分は今どのような鼓動を発しているのだろうか?
また風が吹き木々が揺れるなかハイネはその音に乗るようにごく自然に、それを言った。
「ああそういえばヘイム様とルーゲン師がご婚約をなさりましたよ」




