微笑み返しをして欲しい
ハイネの表情から光が放たれ眩しいばかりの笑みが溢れジーナは一歩引いた。
「どうですかこれ。あなたの望んでいた笑みですよ。人に好かれる笑顔で特に男の人が喜びを感じのものですが、どうしましたジーナ? 深刻そうな顔をしちゃって」
「……私は初めて見たが」
「だってあなたにするこういう顔をする必要はありますか?」
「……まぁないが」
そこで会話が途切れハイネの表情から目を離せないでいると眼はそのままで口が開いた。
「ほらやっぱり人のせいにしただけでしたね。あなたの顔に笑顔が現れません。私はこうしているというのに」
綺麗に整った笑顔がまた再び歪みだした。
「先ほどまでは隊員の前でしたからあなたの立場をある程度は尊重しました。隊員達の前ではそういうことしたくないのは分かります。それはからかわれて恥ずかしいからということも分かります。私はそういうのは気にしませんが、あなたはするというのことは分かります。だからこうしてちょっと離れたところでこうして一緒に来たわけです」
一気に言い切ると笑顔が消え真顔が現れた。ジーナがいつも見るハイネの顔であり息苦しさが緩和され息をつくとその眼は釣り上った。
「逆になんでホッとしているんです?」
「いや、どっちかというとそっちの方が安心する」
「普通男の人は女が微笑むのが好きなのですけど。というか人間は微笑み返すものですからね」
「私はあまりそういうことができない」
「何か呪いでもかけられているのでしょうかね。ああなんでこんなやり取りをしないといけないのですか。ねぇジーナ、私は多くは望みませんよ。純粋に真っ直ぐに感情の交流を望んでいるだけですあなたとの間にはこんなに濁り曲がりくねった感情のすれ違いしかありません。擦り合って、痛々しいものしかない」
ハイネの口から嘆声が漏れ顔を逸らし空を見上げそっちに語りかけるようにして言った。
「めんどくさいのです」
それはこっちの台詞だとジーナは思いながら返した。
「私以外の男とすればいいのに」
「分かっていませんね。あなたとしたいのです」
その言葉にジーナは胸に温かみを覚えた気がした。だけれども笑みは浮かばなかった、笑み、呪い。
「はぁ、あなたと話すと相変わらず疲れます。いい加減座りたいので上着を脱いでください。」
やれやれと思いながらジーナは上着を脱ぎ、丁度いいところにあった座り心地の良さそうな岩の上に掛け、手で示すどうぞおかけなさいと。
ありがとうと言いながら座るその微笑みの表情にジーナは心の片隅で安堵した。
そこには自然しかなく意図が無いことに、だが次の瞬間不穏が心を占めた。
「そうこれ、ほらこれ、これですよこれ。私の言いたいことは分かります?」
なんにも分からない、とジーナ首を振った。ハイネと会話をするとだいたい分からないことしかなく、そもそも私は他人の話が分かったことなど一度もあったのだろうか、とジーナは自問自答による暗い気分に陥った。
「いつも不思議に思うことがこれです。案外にあなたは素直で親切なところ。かなり押しつけがましいところに目をつぶってもです。それに加えてあなたは私にしそうでしないことが結構ありますよね、分かります? って分からないのでしょうから、列挙しますね。あなたは、怒って帰ったり逆に帰れと言ったりめんどうだから適当にあしらったり思考を停止してこちらに全てを預けたり、といったことはしませんよね。こちらとしては別にそうしてもいいのですよ。なんとなくこっちは察しますからこっちはそこまで、馬鹿じゃありません。あなたが私のことを面倒で嫌いならばそうすればいいのです。男女のというか人間関係というのはそういう見切りも大切ですし」
言葉を切りハイネは左隣に座った男を見上げる。その表情にジーナは暗さと悲しさを感じた。
明るい口調であったためになおのその顔色は強調されジーナは思う。
この人は自分の今の表情がなにか、把握しているのかどうか、と。
「でもあなたはそういったことをまるでしない。私のことを嫌っているのに」
声と表情が一致した。だからおそらく自分もその二つは一致しているのだろうとジーナは思った。
「嫌いじゃない」
ハイネの顔は変化を堪えているように見えた。どちらの変化はわからないが。
「でも、めんどくさいですよね」
「めんどくさい」




