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想像のなかの逃避行

 考える、すると鈍い痛みが来て血の味が頭の中で広がるが、これはあとで仕返しをすれば済むと思えばハイネは耐えることができた。


 あれは他人には嘘はあまりつかないが自分には嘘をつきまくるタイプの男だ、と痛む頭の中でハイネはまず一手目を掴んだ。素直になれないめんどくさい男、それがジーナ。


 よって望みはないという顔をするもそれは懸命に自覚をしないようにしているからできる種類の嘘。


 だから揺さぶっても出ては来ない。本人だって自分自身に騙されているのだから。または望みがこの前提であるとしたらあまりに大きすぎるために本人にも見えない可能性もある、今のルーゲン師の言葉だが、なかなかに腑に落ちる。


 なにはともあれ彼は命懸けで戦うのもあの人の為だとしたら……本人曰くの龍のために絶対戦わないのだから必然的にそうなる。


 普通なら身分不相応過ぎて誰もこんな妄想などしないのだが、私にだけはそれが想像できる。出来るのだ。


 もしもだもしも、ジーナがあの人と共にどこか遠い所へ行こうと手を伸ばしたとしたら。あの人は『馬鹿がなんか言っておるな』と言うかどうか……ハイネはその言葉を頭の中で再生させようとするも、声がでなかった。


 聞こえない、それは想像を超えた声であるというのか? それとも無言のまま行われるのか? ハイネは言葉を抜きにして想像する。


 想像の中のあの人は差し出された手に対し自分の右手をあげて……ハイネは自分の右手が自然に上がったのを見た。


 そしてその先は、彼方への逃避行……誰かに話したら失笑ものだろう。


 中央に帰る龍となるものが自らそこを離れるだなんて、と。だけどもハイネの心の中にはその場面が鮮明にイメージされた。


 予言者の如くに天啓というものがありハイネにそのシーンを与えられたように。


 これが未来予測だとすればジーナが無信仰者であり何を望まずにいることも、あの人が龍の婿の選定をまるでその気が無く進めないことも、全ては符合し強化される。この恐るべき結末としかいえぬものに向かって動いているのだとしたら……


『僕とジーナは似ているのです』この言葉も今では完全にハイネには理解でき、それと同時に完全な間違いさえも理解した。


 ハイネはイメージの中の岩から降り一二歩三歩、四歩と戻り、ルーゲンの顔を見上げた。


 さっきとだいぶ違うその表情。美しいとか醜いとかではなく変化したものはなにか? 不明ながらもハイネは口を開いた。


「あなたは龍の婿となるものですよね?」


 ルーゲンの顔がまた微妙に変化した。見たこともない、あるいは人にはじめて見せるものであったのだろう、そのことに気づき誤魔化し取り繕うこともなくそのままの表情でハイネに対して答えた。


「そのつもりでもそうであって欲しいといったことを僕は言いません。そうです僕はそうなるのです。僕は龍の婿となる男です。どのようなことがあったとしても」


「ならばもし必要があればジーナにそのことを話してもよいですか?」


 空気が一気に強張り肌に冷たさがぶつかってくるもハイネはたじろぐことなく続ける。


「イヤならそうだと言ってください」


「……必要があれば構いません。ですが以前に一度告げていますし僕にはその必要性が分かりませんが」


「以前と今とは違います。タイミング次第ですが再び告げる必要もあります」


 ハイネは不意にあることが頭に浮かんだ。ルーゲンから私はどう見えているのだろうか、と?


「可能性をひとつ、潰すためにもね」


 もしかしてあなたと同じ表情だとしたら? ハイネが故意に笑みのために頬を微かに吊り上げるとルーゲンの頬も少し、あがる。


 ハイネはそれを同意と受け取った。

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