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僕たちは悩まないのです

 ハイネの報告を聞いたルーゲンは答えた。


「よろしくないということですか。いえ、あなたが悪いということではありません。僕がいけないだけです。龍身様はまだ僕の活躍が足りないと言われているのでしょう」


 そういうことなのかな? とハイネは疑問を抱くもののそのことを口にはしなかった。


 失敗しているのは自分であり責任はこちらにもあるとハイネは自覚している。ルーゲン師のなにが不足だというのか? 会う毎に話すたびに思う。


 昔のヘイム様なら何の問題もなく付き合っただろうしと歩きながら頭を回転させていた。ここ前線に到着したハイネはバルツ将軍に挨拶をした後にルーゲンと伴って視察を行っていた。


 とはいえ途上であるために特に見るものは無く話は専らに例の件のことであった。


 このことも頭痛の種の一つでありルーゲン師が怒ることは絶対にないだろうが、かなり落胆させることは予想でき気が重かったものの、この予想とは若干違っていた。


 ルーゲンは落胆はするも希望が消えていないどころか、逆に燃え上がらせているようであった。


「それはつまりあともう少しだということですよ。最短であと一手。それで変わるのです」


 変わるのかな? とハイネは矢鱈と自信満々に語るルーゲンをもの珍しそうに眺め、語るがままにさせていた。


「僕以外にいないのですよ。いや、こう言い直しましょう。僕でなければならない理由は、やはりあります」


 しかしここでハイネは笑い口を開くことにした。


「なんですかその奇妙な物言いは。やはりとついたらありませんとではないですか?」


「そうするとそれはジーナ君の言葉になりますね。彼はこう言って龍の護衛を辞退しようとしたのです。ですから僕はその逆の言い方をしたのですよ」


 ジーナの名が出てハイネの体は熱くなった。そうだ、戦わないと。


「私はルーゲン師が龍の婿になるのは賛成です。けれどもその反対にいるジーナの物言いを借りるとは些か不穏ではありません?」


「反対に、いる。そうですかハイネ君にはそう見えますか。いえハイネ君だけではないのですけどね」


「というよりも世界中の誰もがそう思いますよ」


「ジーナ君もそう言っていましたね。けれど僕だけはそう思わない、僕たちは隣にいるのですよ」


 何を言っているのかと見上げるとそこにルーゲンはおらずジーナの影が、立っていた。


 だからハイネは立ち止まり瞬きを数度する。するとそこにはルーゲンがいた。何かに気付いたようにそこに立ち、微笑んでいた。これはどのような目の錯覚なのだろうか?


「最高機密ですが一つだけ伝えます。とある隊を龍の間まで案内するのは、この僕の役目となりました」


 即座にハイネはその言葉の意味が分かった。最大の懸念事項の一つである中央の龍の間にいる龍をどうするか。


 そこについては自分はおろかシオンでさえも関与していないとハイネには察せられた。


 話し合いは頂点の三人である龍身様にマイラ卿そしてソグ大僧正により行われ、それ以外のものとは決して相談はせずもちろん口外にもしていない。


 全てはその三人と軍の指揮官及び実行隊だけで秘密は共有され、情報漏出は厳しい処罰が待っているはずだ。


 冷たい汗が背中を伝わる感覚を振り切るためのようにハイネが歩きだした。


「いまのは聞かなかったことに致します」


「君なら構わないと思いましたが、失礼。龍身様は相当にこの件を悩まれておりますね。それにバルツ将軍も本当に苦しそうでしたし」


「誰もが、悩みますよ」


 反射的な言葉は非難の響きを伴った声で出たことにハイネは気づきルーゲンも同じく気づいた。


「そうですね。誰もが悩み苦しみますね」


「でもルーゲン師はどうやら違うようで」


 さらに攻撃的な言葉が出てハイネは瞬間的に顔をしかめた。何ということを言ってしまったのだと。


 これは怒る、絶対に怒る、ある意味で覚悟を決めていたもののルーゲンの表情は穏やかなままであり、美しかった。


「僕だけではないですよ」


 遠い目をしながらルーゲンは小声で話した。世界の秘密を語るかのように言葉が静かに心に侵入してくる。


「ジーナ君も同じです。僕たちは悩まないのです」


 再びルーゲンが違う人に、ジーナに見えだしハイネは掌で自ら顔を叩いた。そんなわけがない、そう見えてもそれなはずがないと。


 見直すとやはりそこにいるのはジーナではなくルーゲンであった。まだどこか違うとこを見つめている。


 今の会話からすると同行する隊は予想通りの第二隊で。それは半分はそうだろうと思っていたものの、案内役が。


「よくあなたのような御方がその役目を引き受けましたね」


「引き受けたのではありません。志願したのです。僕でなければならないと」


 そんな……ハイネは全身に悪寒が走る。


 龍の死を見る、確認する……そんなおぞましい出来事となる可能性もあるというのに。


 身体にもしも血が付着したとしたらソグ教団には戻れなくなる。それは自身の破滅になるのではないのか?


「構わないのです」


 ハイネの様子を見て内心を読んだルーゲンが軽く言った。


「これは最後の可能性だと僕は思っています。つまり僕がこの任務を全うしたら龍身様が僕を御迎えくださる……これです」


 そうなのか? とハイネはヘイムの様子を今一度思い返した。



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