というかジーナが悪い
ハイネの気分がすこぶる悪かった。それは馬車の揺れによる身体的なものだけではなく精神的なものも加わっていた。
しかし気分が沈んでいるだけなら、それはむしろいつも低い方で安定しているので目をつぶっていればいいだけなのだが、今日ばかりは最悪に近い心持にもなっていた。
向かう先は前線、そこには会いたいといえば会いたく、会いたくないといえば会いたい人がいる、とハイネは自分の気持ちを敢えて複雑にしごちゃごちゃにさせたものにし、何かを誤魔化していた。
とはいうもののそれは前向きで気持ちの良い気分でもありそれを思えば自然に心を浮き上がるも、またひとつ車輪が石に乗ったのかゴトンと揺れると身体と心が、浮いては沈む。
それは馬車のせいだけではなく、ジーナのことを思うと同時に後方の任務のことを思い出してしまうからであった。
ハイネは誰もいないのを良いことに顔をしかめ溜息をつき、独り言を漏らす。
「このまま失敗する可能性が出てきたけど……どうしよう」
頭の中でちらつくヘイムの顔。無表情ではないのだけど限りなくそれに近いあの顔。
普段が表情豊かであり、冗談を口にして笑っているのを見ているためにその落差は大きかった。まぁ私と二人の時はまずそうなのだが。
結局は決まらなかった。自信満々に挑んだだけにハイネの敗北感は深く重いものがのしかかった。
負けたからこうして前線に赴いて彼に会うことができる……そんな風に考えてみてもその胸は苦しかった。
陰謀を見抜いているから腹癒せに私が選んできた男達は全員拒否して徒労を味あわせ恥をかかせようという魂胆とか?
だったらジーナを候補としてあげたらあの人はいったいどんな顔して私を見るんだろ? あの変化に乏しい顔がどれだけ変わって歪むことか、そうですよこちらは敢えてそのカードを伏せてあげたのですよ……ハハッ私は精神的に勝利しているのですよお姫様。
とそれを想像するとハイネの心はすっきりするもすぐに粘ついた。そんなわけないでしょうに。やったとしても苦笑いで受け流されるし、じゃあこれでいいとか言われたら引っ込みがつかなくなるし、やるメリットがまるでない。自爆。この敗北者が。
大体そんなことを期待して待っているわけでもないだろうし、選ばないのならやる必要はないと言えばいいのに、分からない。
また馬車が揺れるもハイネの気分は今度は一定であった。良くも悪くもない、ようやく冷静な気持ちとなり思考も安定しだした。
ならばあの人はいったい何を望んでいるのか?
そもそもあの人はジーナみたいな男を好きになるような人じゃなかった。仲の良い男達にあのタイプはいなかったはずなのに。
まぁそれを言えば自分もそうだけどそこはいいの、と自身は棚に上げこの間のやり取りを整理しよう。
もう、あらかた人は紹介し尽くした。めぼしい候補はどこにもいない。とりあえずと選び抜いた三人の候補以外は立てようがない。
「ルーゲン師のだけは絶対に見ようとも読もうともしないのは何故だろう?」
ハイネは資料を取り上げるヘイムの眼が動いていないのを何度も確認していた、何度もだ。というか右目しか見ていない。
他の人のは関心が無くとも目を走らせ目の焦点に変化がある。見ているし読んでいる。ただしルーゲンのだけは。
「あからさま過ぎて、駄目なのかな。意地になっちゃって逆張り状態になったのか、それともあの二人の間に何かがあったとか?」
順当に行けばルーゲンとヘイムは結ばれるのである。そのためにルーゲンは前線に出て自らの役割と使命を果たそうとしている。
「あなたのためですよヘイム様。ルーゲン師は龍となるあなたのために命を賭けているというのに、あなたが望んでいるのは……」
その逆のあなたを拒絶しなんかよく分からない理由で戦っているえらく強い戦士。
なんて不条理なのだろうとハイネはルーゲンに対して同情心を感じた。求めるものを望まず、求めないものを望む。
これではルーゲンが哀れな被害者でありヘイムは悪辣な加害者である。価値観が逆転した不正義の王国が如くな残酷さ。
「そう考えると私の構想はなんて合理的かつもっとも納得のいくものだろう」
自分で自分の案を褒めながらハイネは問題の核心に到ろうとしていた。あの例の岩みたいな雰囲気を持っている男。
そう、ごちゃごちゃになっている理由は分かっている。というか全部ジーナが悪いんじゃないですか? とハイネの眼は開いた。




