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俺は選択しなければならない

 ルーゲンが問いバルツも心の中で問う。お前はどうして不信仰なままであったのだと。


「矛盾的なことを申します。これには同意していただけるでしょうが、僕はある意味では彼の行動に激しい信仰者のものを感じました。あの原理主義的で熱狂的かつ純粋なあの動き。ですがそれと同居するあの龍への抵抗感に不服従。この矛盾とはいったいなんだろうかを考えますに一つの結論へと到達致しました……龍の御意志が御力がそうさせているのだ、と」


「……そんな馬鹿な。どうして龍自らがそんなことを、そんな恐ろしい罪を与えるのだ」


「龍、だからです」


 意味不明な言葉であるのにバルツは納得するしかない力を感じた。


「その御意志と御力によって一人の皇女に龍となる力を宿したように、一人の戦士に龍を討つ力を宿したこと。これは表裏一体の関係であり、二頭の龍が同時に誕生してしまうこの世界においては必然的なことだったでしょう。どちらかの龍は、いなくならなければならない。そのための手段として……一人の戦士がそのたまに西からやってきた。龍の御導きによって、です」


 そうなのか? バルツの頭の中ではジーナの言葉がはじめから再生されていた。一つ一つの不信仰で無礼な言葉の数々。


 確かに奴はそういう存在だと言われれば、そうだ。だがそれと同時に起こる時たまに起こす敬虔心溢れる動きと心は、いったいなんだと?


 龍身様もその心を察し、彼への慈しみを感じられる……それでもあれは。


「龍への信仰が有れば、討てない。故に無いものをここに派遣する。そう、あの頑なな不信仰こそが、逆説的に彼の信仰心を現していると解釈できませんか? その使命を背負う故に信仰心が芽生えない。このことの証明として決して教化されないということ。龍身様や我々がいくら傍にいて話をしたとしても、彼は変わらなかった。それは彼の心が龍よりも強いということでは決して、ない。龍の御力が働いているからこそここまで不信仰を貫けた。僕にはこれ以外考えることはできません」


 そうか、そうだったのか……だがそうか? それだけなのか? なにか見落としがあるのでは?もしも、もしもその見落としが重大なものであったとしたら我々は……


「もう迷われずに今こそどうかご決断を」


 決断の時が迫っているとバルツは感じつつあった。迷いも悩みも全てここで捨て去り、決めなければならない。しかし本当にあいつでなければならないのか?


「ジーナを庇い他の隊を選びましても敬虔な兵隊たちの心を苦しめその手を汚すことになるのです。必ず誰かが犠牲となる。それならばより少なく小さな犠牲を選択するべきです」


「……その小さなものがジーナだというのか?」


 バルツは自分がいま怒っているのだと、言葉を出したことによって気付いた。


 ジーナの姿を思い浮かべるとバルツは自らのうちに炎が立つほどの何かかがこみ上げて来るもルーゲンが抑えた。


「目覚めていないことが、救いなのですよ。それとも、目覚めさせてから、その最後の手段を行わせるおつもりですか? いいえ、違うはずです」


『私の名はジーナだ』不意にバルツはあの日の叫びが耳の奥で再生された。するとその頬に冷たく鋭い痛みが走るのを感じた。


 痛みは自分の涙であった。だが何に対しての涙だろうか? 自分はいま知らぬ間に悲惨で残酷なことを決めようとしているのだろうか?


 その罪深さに気付いた心のどこかが泣いたとしたら、それは何であるのか?


 けれども何故かわからない、どうして罪深いのか分からぬこと、それこそが罪なのだろうか?


『龍よどうかお許しください。彼はまだ、知らないだけなのですから』返事のように聞こえるジーナの対しはじめて抱いた祈りの言葉を反芻しながら思う。


 本当に知らないというのはあいつではなく……他ならぬこの自分自身ではないのか? 自分は知らないまま無理解なまま罪を犯そうとしているのでは?


 だがしかし、とバルツは瞼を閉じた。これ以上涙を流さぬように。痛みを感じないように……これ以上の龍への不敬を止めるために。


 俺はその役割を選択しなければならないのだ。


「ルーゲン師よ。第二隊を龍の間に導いてやってくれ。そしてジーナの手で以って中央にいる、龍を……」


「お任せください。僕のこの手で龍を討つものを導きましょう」


 バルツは自らの暗闇の中でルーゲンの手が小石が取り除いたのを感じながら扉が閉まる音を聞いた。


 その闇の中、声が届く。


「それに彼は望んでいましたよ、この使命を。そう、自分が龍を討つ役割に就くことを、です」


 バルツはそう語るルーゲンが微笑んでいると見えないはずの闇のなかでどうしてか、見えた。

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